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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第41話:最悪の相性





 黒瀬は、その夜ほとんど眠れなかった。


 家に戻ってからも、

 ケーキの甘い匂いが、まだ鼻の奥に残っている。


(……言う必要、なかったよな)


『俺、めちゃくちゃ耳いいんだ』


 思い出すたび、胃の奥が重くなる。


 あれは確認でも警告でもない。

 ――自己申告だ。


 自分は、聞いた。

 自分は、気付いている。


 そう、名乗り出たに等しい。


(馬鹿だな……)


 黒瀬は、天井を見つめたまま目を閉じた。


電話越しに聞こえたのは、

澪の声じゃなかった。


低く、平坦で、

感情の輪郭が削ぎ落とされたような声。


《対象・夏川透の本人自発的提供を誘導》


 単語の選び方が、引っかかる。

 人に向けた言葉じゃない。

 感情を乗せる必要のない――

 “記録”か、“確認”のための声。


(報告……か?)


 断定するには、材料が足りない。

 けれど、家族に向ける言葉じゃないのは確かだった。


(誘導……ね)


 “強制”じゃない。

 “回収”でもない。


 本人が、差し出すように仕向ける。


 その発想が、いちばん厄介だ。


 黒瀬は、透の顔を思い浮かべる。


 無自覚で。

 善意だけで動いて。

 断れない人間。


(……最悪の相性だ)


 キッチンに立ち、冷めたコーヒーを一口飲む。

 苦味だけが、やけに現実的だった。


 透は、気付いていない。


 ガトーショコラを勧めたことも。

 甘さを避けていることに気付いたことも。


 全部、無意識だ。


(狙ってできる優しさじゃない)


 だから、危険だ。


 黒瀬は、スマートフォンを手に取る。

 連絡先の一覧を眺め、すぐに伏せた。


 使えば、戻れない。

 使わなければ、何も守れない。


(……俺は)


 透の“血”の価値を、

 澪よりも、組織よりも、

 ずっと正確に理解している。


 それは、

 守れる立場にいるということでもあり――

 売れる立場にいるということでもある。


 気付いた瞬間、背中に冷たいものが走った。


(まだだ)


 まだ、裏切っていない。

 まだ、選んでいない。


 でも。


『俺、めちゃくちゃ耳いいんだ』


 あの一言は、

 もう、境界線を越えている。


 黒瀬は目を閉じる。


(透が、選ばれる前に)


(俺が、選ばなきゃいけない)


 クリスマスの夜は、もう終わっていた。


 ――残りの時間が、

 静かに、音を立てて減っていく。


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