第40話:聞こえる夜
家の中の笑い声。
食器が触れる音。
玄関のドアが閉まる、かすかな気配。
――そして。
「……あぁ、お父さん?」
その声だけは、やけにはっきりと聞こえた。
黒瀬は、家の外でスマートフォンを耳に当てたまま、足を止める。
本当は、電話なんてかかってきていない。
ただ少し、空気を吸いたかっただけだ。
「その件なら……順調」
明るい声。
作られたほど、自然な声。
《ナンバーエイト。期日は残り一週間だ》
低く、機械みたいな声が、夜気に紛れず届いた。
――その瞬間。
澪が、こちらを見た。
目が合う。
一瞬だけ。
ほんの一瞬。
なのに。
澪は、にこりと笑った。
まるで、
**聞いていることを知っているみたいに。**
黒瀬は、その視線から、反射的に目を逸らした。
胸の奥で、嫌な音が鳴る。
(……聞こえすぎるのも、考えものだな)
冗談めかして、そう思う。
けれど。
その夜から、
黒瀬は何度も思い出すことになる。
あの声。
あの言葉。
そして――残り一週間。
選ばされるのは、
まだ先の話のはずだった。




