第36話:墓地でストーカー
墓地って、こんなに静かだったっけ。
砂利を踏む音ひとつで、やけに響く。
鳥の声すら遠慮がちで、空気がぴんと張り詰めている。
「……なぁ」
俺は声を潜めた。
「俺らがストーカーしてるの、陽菜が見たら絶対引くよな」
「もう見てるかもしれねぇぞ」
「は?」
「だから静かにしろ」
黒瀬は小声で、当たり前のことを言う。
その無駄に冷静な態度が腹立つ。
「いや、そうじゃなくて……」
「静かにしろ。響く」
即却下。
俺たちは今、墓地の端っこ。
木と墓石の影を使って、全力で“こっそり”している。
……いや、しているつもりだ。
「お前、もうちょい隠れ方考えろよ」
「考えてるわ!!!」
俺が身を寄せているのは、正直言って――
細すぎる木。
隠れてるというより、寄り添ってる。
「それ、逆に目立つ」
「じゃあどこに隠れろってんだよ!!!」
「動くな」
黒瀬が俺の腕を掴んで、無言で引っ張る。
墓石の影に押し込まれた。
「……っぶね」
砂利が盛大に鳴った。
心臓が跳ねる。
「音」
「ごめん!!!」
思わず小声で謝ると、
黒瀬は深いため息をついた。
「……なぁ」
俺は声を潜めた。
「お前さ」
「何だ」
「やっぱ、最後まで来る気だったんだな」
黒瀬は一拍だけ置いて、
「お前を一人で放っとく方が問題だ」
「は?」
「駅前で十分怪しかった」
「誰がだよ!!!」
思わず声が出そうになって、慌てて口を押さえる。
「俺だけが悪いみたいに言うなよ!
結局お前も来てんじゃねぇか!!」
「俺は様子を見に来ただけだ」
「それを世間ではストーカーって言うんだよ!!!」
「言わない」
即否定。
意味わからん。
その時だった。
少し先――
透と澪が、墓の前で立ち止まった。
透が手に持った花を供える。
澪も、少し遅れて同じようにしゃがみ込む。
ふたりとも、何か話しているはずなのに、
俺の位置からじゃ、音だけが抜け落ちていた。
笑わない。
ふざけない。
ただ、静かに手を合わせていた。
……。
俺は、無意識に息を止めていた。
澪は、ちゃんと頭を下げている。
形だけじゃない。
誤魔化しでもない。
ただ、そこにいる。
それだけなのに。
(……ちゃんとしてる)
ぽつりと、心の中で思う。
風が吹いて、澪の髪が揺れた。
透がそれに気づいて、何か小さく声をかける。
澪が、ほんの少しだけ笑った。
――柔らかくて。
作ってない笑顔。
「……」
隣を見ると、黒瀬も黙ってその様子を見ていた。
「……なぁ」
「何だ」
「澪さ……」
言いかけて、言葉に詰まる。
どう言えばいいのか、分からなかった。
「……普通、だよな」
それだけ絞り出す。
黒瀬は一瞬だけ間を置いて、
「……ああ」
短く答えた。
その直後。
透が、ふいに振り返った。
「やばっ!!!」
反射的に声が出る。
「静かにしろ!!!」
黒瀬に腕を引っ張られ、俺は墓石の裏にしゃがみ込む。
心臓が爆音。
気づいたか?
今の、見られたか!?
透は数秒こちらを見て――
首を傾げて、また前を向いた。
……行った。
「……っはぁぁ……」
力が抜けて、膝が笑う。
その横で、
黒瀬はなぜか堂々と立っていた。
「お前!!!隠れろよ!!!」
「俺は関係者だ」
「何のだよ!!!」
意味不明すぎる。
透と澪は、そのまま墓地の奥へ歩いていく。
並んだ背中が、だんだん小さくなっていった。
俺は、その後ろ姿を見ながら思う。
(……大丈夫、だよな)
澪は、悪い奴じゃない。
透も、ちゃんと自分で選んでる。
それでも。
(何かあったら――)
俺が止める。
そう決めて、
俺はもう一度、墓地の奥を睨んだ。




