第18話:同じ名前の席
朝の教室は、まだ完全に目を覚ましていなかった。
カーテン越しの冬の光が、机の上に淡く落ちている。
誰かの欠伸。椅子を引く音。いつもと変わらない風景。
透は、自分の席で窓の外を眺めていた。
空はよく晴れている。なのに胸の奥だけが、静かにざわついていた。
――理由は、分からない。
「はい、静かにー」
担任の声で、教室の空気が一段落ち着く。
透は前を向いた。
「今日は、転校生を紹介します」
その一言で、教室がざわめく。
「え、転校?」
「この時期に?」
扉の方へ、視線が集まる。
きい、と小さな音を立てて、教室のドアが開いた。
入ってきた少女を見た瞬間、透は、ほんの一瞬――息の仕方を忘れた。
長い睫毛。猫のように丸い瞳。伏せがちの視線。整いすぎていない、けれどどこか懐かしさを覚える顔立ち。
似ている。顔、というより――“雰囲気そのもの”が。
少女は黒板の前に立ち、軽く頭を下げた。
「……朝霧澪です」
その名前が、教室に落ちる。
ザワッと一瞬湧き上がるクラスメイト
当たり前だ、少し前までここに居た朝霧陽菜の名前を誰が忘れる?
――朝霧。
胸の奥で、何かが小さく音を立てた。
透は、思わず蒼真の方を見る。
蒼真は――顔色が変わった。
いつもの軽さは消え、目がわずかに見開かれている。視線は朝霧澪から一瞬も逸れない。
「よろしくお願いします」
澪は淡々とそう言い、軽く会釈した。
その仕草すら、どこか――あの記憶を、撫でるようで。
透は無意識に呟いた。
「……陽菜に、似てる……」
声に出たと気づいた瞬間、後ろの席から低く響く声。
「似てねぇし」
黒瀬は、自分の席に座ったまま頬杖をつき、冷えた視線を澪に向けていた。
透の背中を通り抜けるような拒絶。
それは、あまりにも即座で、あまりにも強かった。
透は言葉を失う。
黒瀬はそれ以上何も言わない。
視線だけが、澪を追い続けていた。
担任が続ける。
「席は……朝霧さん、夏川の隣でいいかな」
「え.....」
そこは「ひ.....」陽菜の席だと言い掛け口篭り、拳を握り締める。
透の心臓が、小さく跳ねた。
澪は一瞬だけ、透を見る。
その目が、ほんの一瞬――透を観察するように細くなった。
だがすぐに、何もなかったように歩き出す。
透はただ思っていた。
そこは陽菜の席、それに
――同じ苗字。
それだけなのに、確実に――何かが始まってしまった気がしていた。
胸の奥で、ほんの小さな不安が芽吹く。
この席、この苗字、この少女――すべてが、ただの偶然?




