第17話:日常の裂け目
放課後。校門を出た透を、黒瀬は屋上のフェンスにもたれて、少し離れた位置から見守っていた。
「……またか」
透の膝小僧にすり傷。手には小さな切り傷。落とした荷物が軽くぶつかる。黒瀬の目が細くなる。
ここ数日、怪我の回数が増えている。
――火曜日、教室のドアがいきなり開き、手をぶつけて小さな切り傷。
――水曜日、階段でつまずき膝をすりむく。
――木曜日、帰宅途中に倒れた看板に驚き、荷物を落として軽く打つ。
偶然ではありえない。
黒瀬の視線の先で、蒼真が透に声をかけた。
「……透、最近怪我多くないか?」
透は肩をすくめ、無理に笑った。
「ん、ん〜…何故か最近よく転んだりするんだよね……でも、大丈夫……」
その笑顔には、どこか力の入らない影があった。黒瀬はその微妙な違和感を胸の奥でひっそりと拾う。
蒼真もまた、透の表情の裏に隠れた焦りや痛みを感じ取ったようだった。
「……偶然じゃない……?」
直感が告げる。小さな違和感の積み重ねが、危険の匂いを立ち上らせる。
黒瀬はポケットに手を入れ、無意識に拳を握る。
小さな怪我でも、透が狙われている可能性がある。手を出せば状況は変わるかもしれない。しかし、敵は見えない。まだ姿を現さない。
階段の段差、校内のドア、風に揺れる自転車の音。日常の景色が、どこか不穏な空気を帯びている。
「今日は……大丈夫か……」
屋上に立ち、透と蒼真を遠くから見守る黒瀬の視線は、少年のように真剣だった。
小さな胸の中で、警戒心と焦燥感が絡み合う。
動けば守れるかもしれない。
でも、間違えれば全てを壊す。
黒瀬はじっと、透の背中を見つめた。
日常の向こうに潜む、静かな地獄を感じながら。
⸻
ふと、校門の向こう側に、見慣れない制服の女子が立っているのに黒瀬は気づく。
一瞬、透の横に近づきかけるその少女の動きに、不自然な緊張が走る。
ちらりと見えた顔の輪郭、仕草の端々が、どこか陽菜に似ている――。
でも、完全に同じではない。どこか違和感を伴う視線が、透を探るようにこちらを見ている。
「……誰だ、あれ……?」
黒瀬は視線を固め、屋上からその様子を見守った。
日常に紛れ込んだほんの少しの異質。
――直感が告げる。これが、透の未来に新たな波乱をもたらす者だ、と。




