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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第16話:知ってしまった後で




休み時間。

透は机に伏せ、何も考えないようにしていた。


考えたら、だめだ。

そう思うほど、頭の奥がざわつく。


教室はいつも通りだった。

笑い声。椅子を引く音。チャイム前の落ち着かない空気。

そのすべてが、少しだけ――遠い。


音が、遅れて届く気が

誰かが呼んだ名前も、自分の声も、教室に溶け込むまで一拍遅れる。


「……疲れてるだけ、だよね」


心の中でそう言って、透は目を閉じた。


指先が、ひんやりしている。

机の冷たさが、触れたあとからやってくる。


違和感。

でも、気にするほどじゃない。


シャーペンを握る。

力加減が分からず、芯が折れた。


小さな音。

それだけで、心臓が跳ねる。


――大丈夫。

今日は、ちょっと調子が悪いだけ。


そう思おうとした、その時。

ふいに、言葉が浮かんだ。


「特別な血」


蒼真の声。

黒瀬の、何も言わなかった沈黙。


回復できる血。

人を、助けられる血。


「……」


透は、息を止める。


考えない、と決めていたのに。

次の瞬間、どうしても形になってしまう疑問が、胸の奥で静かに芽を出した。


――なんで、今なんだろう。


昨日まで、知らなかった。

今日、知ってしまった。


その“間”に、あるもの。


「……」


陽菜の名前を呼びそうになって、透は強く唇を噛んだ。


もし。

もし、あの時――。


自分が、この血のことを知っていたら。


もし、もう少し早く、

誰かが教えてくれていたら。


助けられた、かもしれない。


その可能性だけが、

胸の奥に、重く落ちる。


――その瞬間。


別の光景が、ふっと重なった。


冷たいアスファルト。

血の匂い。

震える、小さな体。


触れた掌が、

ほんのりと、温かくなって――。


立ち上がり、

何事もなかったように、去っていった。


「……」


あれは、偶然だったのか。

たまたまだったのか。


それとも。


考えそうになって、透は首を振る。


あの温かさが。

あの時の“回復”が。


もう少し早く、

“人”に向けられていたら。


その先を想像してしまった自分に、

胸の奥が、ひどく痛んだ。


でも。


時間は戻らない。

陽菜は、戻らない。


助けられた“かもしれない”という事実だけが、

今になって、遅れてやってくる。


「……ずるい」


誰に向けた言葉かも分からないまま、

透は小さく呟いた。


知らなければ、

後悔もしなかった。


知ってしまった今は、

もう、戻れない。


――何も選んでいないのに。

――何もしていないのに。


胸の奥が、ぎゅっと痛む。


これは、血のせいじゃない。


ただ、

知ってしまったことの痛みだった。


チャイムが鳴る。

皆が席に戻る。


蒼真は、必要以上に距離を取っている。

黒瀬は、こちらを見ない。


誰も、「血」の話をしない。


世界は、何も変わっていない顔をしている。


それが、怖かった。


放課後。

透は、洗面所の鏡の前に立った。


映る顔は、昨日と同じ。

変わらないはずの、自分。


手を洗う。

水の冷たさが、少し遅れて伝わる。


「……」


鏡の中の自分に、そっと問いかける。


「……大丈夫、だよね」


返事は、ない。


ただ、

鏡の向こうで、同じ顔が黙って見返してくるだけだった。


何も選ばない。

何も決めない。


それでも、

確かに――何かは、もう始まっていた。


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