第58話:見えない痕
いつも通り、朝が来た。
黒瀬と蒼真と別れ、家に帰った。
結局、蒼真の妹は救えなかった。
救えたはずの命。あと数分早ければと何度も後悔する。
これで何度目だろう、と透は思う。
私がしてる事って、一体何なんだろう。
そこまで考え、透は頭を振る。
何一つ、解決していない。
――保護を外れた。
それは良い。不思議と恐怖は無かった。
その日、いつものように学校が始まり、いつも通り終わった。
ただ、なんとなく黒瀬と蒼真が気になった。
なぜかいつもと違う。
それが何か分からない。
そして夜、黒瀬とメッセージのやり取りをするまでは良かった。
『透、明日予定ある?」
『明日?明日は特に何も無かったと思うけど何?』
『いや、何もない』
何もない?
何もないのにメッセージを送ってくる?
その事自体がおかしい。
それと、蒼真の態度もおかしい。
そう、何かを隠してると言うか、挙動不審で私を避ける。
そもそも蒼真が隠し事なんてできるはずがない。
幼い頃からの幼馴染だ。
だから分かる。
――隠し事をしている時の顔くらい。
蒼真を問い詰めようと声を掛けるも
「蒼真!?ちょっといい?」
「おぉっと、やばい!山千に呼ばれてるんだった!」
こんな風に、あっさり逃げていく。
昼休みも、帰りのホームルームも
逃げ足だけは一丁前に早くて、予鈴と共に居なくなってしまった。
そして
『蒼真なんか隠してるでしょ』既読
既読スルーの無視
メッセージを送ってから、もう30分。
うんともすんとも言わなかったスマホが突然震えて、やっと返信来たかと思ったら黒瀬だった。
あの二人は、まるで一心同体のように、いつも一緒にいた。
だから黒瀬は、絶対何か知ってるはずだと、確信していた。
透は、逃がすまいと食い下がった。
『てか、蒼真に言っといて!言い訳するなら聞くからって』
『なんの事だ?どうした?蒼真と喧嘩したのか?』
流石黒瀬、1分も掛からず返信が帰って来て、俺は知りませんのスタンス。
本当に見事なまでに“知らないふり”だった。
だが、それが逆に“何かあった”と物語っていた。
分かりやすいくらいに、
――隠せていない。
――その時だった。
「うわぁぁん!ちゃかな!ふっぎゃぁ!」
怪獣の如く泣き始めたアリアによって一時中断
『ちょっと待って、アリアが泣き始めちゃった』
「どうしたの?アリア〜なんで泣いてるのかな〜お目目が痛い痛いなるよぉ」
『透、忙しそうだからそっち集中するか?』
『いや、大丈夫……』
これを幸いと話を切り上げようとする黒瀬に、透は畳みかけるようにメッセージを送った。
その間もアリアを宥めることは欠かさない。
「ちゃかな!」
「ん?お魚さん?あぁ水族館ね」
どうやらアリアは魚を見て水族館に行きたいと駄々を捏ねてたらしい。
だけど生憎、明日は父も母も用事でいない。
仕方ないと明日は一日中家でアリアと穏やかに過ごす予定だったけれど、急遽、水族館に行くことにした。
『とりあえず、学校で話そう。蒼真にも言っといて。どうせ一緒に居るんでしょ』
『了解』
黒瀬のメッセージを見ながら
「あ、明日の予定出来ちゃった」
ボソッと呟きアリアを抱き上げる。
「アリィ!明日は透とお魚さん見に行こうね?だからもう寝んねの時間!」
エグエグと泣いてたアリアが瞬時に笑顔になる。
母が「アリィ良かったわねぇ!?透お姉ちゃんとお魚さん見に行くの!?」とはしゃぐ。
ー
その次の日
透はアリアを抱いて駅前に来てた。
階段を小さな足でトントントンとリズム良く降りて行くアリア。
すれ違う人々が微笑ましそうにアリアを見つめる。
アリアは魚の歌を歌いご機嫌な様子。
「ちゃかなちゃかな〜♪ちゃかなを食べるとぉ〜♪」
だけど透はその視線の中に違和感があった。
「なんだろ?なんか見られてる?」
アリアが可愛いから見てるだけ?
いや、気の所為?
そう思った瞬間
「あ、ああ……すみません」
透と同じ位の男とぶつかってしまう。
「いえ、こちらこそすみません」
少しどもったその人はペコペコと何度もお辞儀をして去っていく。
その瞬間。
――嫌な感じがした。
心臓の音だけが、やけに大きく響く。
理由は分からない。
けれど、確かに。
「……?」
何かに“触れられた”ような感覚。
けれど、すぐに消える。
「……気のせい、かな」
そう思ったのに、胸のざわつきは消えなかった。
その数分後。
少し離れた路地裏。
「い、言われた通り……」
震える声。
「ま、マーキング……してきたよ」
一瞬、沈黙する。
そして男は、咄嗟に謝った。
「ご……ごめん」
その声は、怯えていた。
まるで、自分の意思じゃないみたいに。
――それでも、足は止まらない。
――止められない。




