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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第56話それはもう、妹じゃない

 ――ゼロの言葉が、脳裏をよぎる。


 短命のことは、伏せろ。


 あの時、確かにそう言われた。


 ――言うな。


 ――それは、余計な選択を生む。


 喉元まで出かかった言葉を、黒瀬は一度飲み込む。


 ほんの一瞬の躊躇。


 だが―― 今じゃないと黒瀬は口を閉じる。




 


 ー


 


 数分後。


 二人は再び病室の前に立っていた。


 無機質な扉。静まり返った廊下。消毒液の匂い。


 嫌な予感だけが、じわじわと胸の奥に広がっていく。


 黒瀬は一瞬だけ目を伏せ、小さく息を吐いた。


 そして、扉を開ける。


 


 そこにあったのは――


 先程と、寸分違わぬ光景だった。


 


 ベッドの上に横たわる、菜々美の身体。


 白いシーツの上で、微動だにしないその姿は、どう見ても“死”そのものだった。


 


「……やっぱり、死んでる」


 


 蒼真が呟く。


 その声には、諦めと、ほんの僅かな安堵が混じっていた。


 期待しない方がいい。


 そう自分に言い聞かせるように。


 


 それ以上、その姿を見ていられなかったのか。


 蒼真は視線を逸らし、背を向ける。


 逃げるように、扉へと向かって歩き出した。


 


 ――その時だった。


 


 パチッ。


 


 小さな音。


 それは本当に微かなもので、意識していなければ聞き逃していたかもしれない。


 


 黒瀬の足が止まる。


 


 布が擦れるような、違和感。


 


(……気のせいか?)


 


 カーテンが揺れたのかもしれない。


 エアコンの風か、誰かが開けた扉の余波か。


 そう思い込もうとした――が。


 


 ゆっくりと。


 本当にゆっくりと。


 


 ベッドの上の“それ”が、動いた。


 


「……っ!?」


 


 菜々美が、上体を起こす。


 


 黒瀬の瞳が見開かれる。


 現実を理解するより先に、身体が硬直する。


 


 遅れて、蒼真が振り返る。


 その視界に飛び込んできたのは――


 


 あり得ない光景だった。


 


「菜々美っ!!」


 


 叫びと同時に、駆け出す。


 迷いなど一切ない。


 ただ一直線に、彼女の元へ。


 


(やっぱり……死んでなかった!)


 


 その一心だけで。


 


「菜々美!菜々美っ!」


 


 抱きしめる。


 壊れ物のように、それでいて離すまいとするかのように強く。


 


 ――だが。


 


 黒瀬の背筋を、冷たいものが走った。


 


 違う。


 


 何かが、決定的におかしい。


 


 ベッドの脇。


 無造作に置かれていた果物ナイフ。


 


 それに、菜々美の視線が吸い寄せられる。


 


 次の瞬間。


 


 躊躇もなく、掴んだ。


 


 振り上げる。


 


 そして――


 


 蒼真の背中へ向けて、振り下ろす。


 


「っ――!」


 


 黒瀬の身体が、反射的に動いていた。


 腕を弾く。


 


 甲高い金属音。


 


 衝撃で体勢を崩し、菜々美の身体がベッドから落ちる。


 


「菜々美っ!黒瀬てめぇ何すんだよ!!」


 


 蒼真の怒声。


 だが黒瀬は、それに構わず叫んだ。


 


「蒼真!よく見ろ!!」


 


 床に倒れたまま。


 


 菜々美が――笑った。


 


 ニタリ、と。


 


 人のものとは思えない、歪んだ笑み。


 


「もう少しで殺せたのによ。邪魔すんじゃねぇ」


 


 その声は、明らかに“違った”。


 


「……な、ななみ……?」


 


 蒼真の声が震える。


 


「気持ち悪ぃな。なんだお前?」


 


 ゆっくりと身体を起こす。


 


「あぁ、そうか。この女の家族か」


 


 関節が軋むような不自然な動き。


 


「悪いけどよ。この身体は――俺が貰ったんだ」


 


 にやり、と口元が歪む。


 


「……泣きそうな顔しやがって。めっちゃウケる〜!」


 


 その笑顔は、あまりにも下劣で。


 そして――


 あまりにも“別人”だった。


 


 蒼真の表情が、音もなく凍りつく。


 


「……お前、誰だよ」


 


 ゆっくりと、首が傾く。


 


「誰でもいいだろ


 


この体は、もう俺のもんだ」


 


 黒瀬の視線が鋭くなる。


 


「……能力者か」


 


「ご名答」


 


 軽く肩をすくめ、楽しそうに笑う。


 


「いやぁマジでツイてたわ。死にかけてたら、ちょうどいい身体が転がっててさ


 


感謝しろよ?俺が乗り移ってなかったら、この身体とっくに死んでたぜ?」


 


 その言葉に、黒瀬の思考が加速する。


 


 ――身体を乗り換える能力。


 ――成立する。


 


(最悪だ)


 


 状況は、想像以上に悪い。


 


 蒼真が一歩前に出る。


 


「返せよ」


 


 低く、押し殺した声。


 


「それは菜々美の身体だ」


 


「は?知らねぇよ」


 


 鼻で笑う。


 


「弱い奴が死んで、強い奴が生きる。それだけだろ?」


 


 その瞬間。


 


 蒼真の表情から、全ての感情が消えた。


 


「……一つ、聞く」


 


「いいぜ?でも高くつくぜ?」


 


「お前を殺したら――菜々美はどうなる」


 


 ニヤリ、と笑う。


 


「さぁな。死ぬんじゃね?」


 

蒼真の呼吸が止まる。


 軽い口調。


 だが、その言葉の重さは致命的だった。


 


 ――次の瞬間。


 


 蒼真が動く。


 


 だが。


 


 遅い。


 


 あまりにも、遅い。


 


「な、んだ……これ……」


 


 自分の身体が、自分のものではないような違和感。


 


 まるで、そこだけ時間が引き延ばされているような。


 


 菜々美が笑う。


 


「簡単


 


お前だけ、遅いだろ?


 


筋肉も、神経も、思考も――全部遅らせてる」


 


 首を鳴らす音が、やけに大きく響いた。


 


 黒瀬の背筋を、冷たいものが走る。


 


(……終わってる)


 


 これは。


 


 まともにやり合える相手じゃない。


 


 その時――


 


 脳裏に蘇る声。


 


 ――この後取る君達の行動は、賛成できない。


 


「っ……!」


 


 ゼロは、分かっていたのか。


 


 それでも来た。


 結果がこれだ。


 


(くそっ……!)


 


 選択を、間違えた。



 状況は、完全に支配されていた。


 


 蒼真の動きは鈍く、まともに抵抗すら出来ない。


 対して“それ”は、余裕の笑みを浮かべたまま一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


 


 床を踏む足音が、やけに大きく響いた。


 


「このまま殺すのも面白いけどさぁ」


 


 軽い調子。


 まるで遊びの延長のような声。


 


「この身体の家族らしいしな」


 


 すー、と。


 


 ナイフの刃が、蒼真の首元に当てられる。


 


 皮膚に触れる冷たい感触。


 ほんの少し力を込めれば、それだけで終わる距離。


 


「動くなよ?」


 


 低く、静かな声。


 


「動いたら――死ぬ」


 


 その一言に、空気が凍りつく。


 


 黒瀬は、歯を食いしばった。


 


(……俺が動けば、蒼真が死ぬ)


 


 選択肢は、無い。


 


「……蒼真」


 


 絞り出すような声。


 


「まぁ、別に殺さないでやってもいいけど?」


 


 楽しそうに、菜々美は笑う。


 


「さて、どうすっかな〜」


 


「く……ろ、せ……!」


 


 蒼真が、必死に声を上げる。


 だがその動きは、依然として遅いままだった。


 


 もどかしいほどに。


 


「まずさぁ」


 


 ナイフの刃先が、わずかに食い込む。


 


「金だよ、金」


 


 にやり、と口元が歪む。


 


「命が助かるんだぞ?優しいだろ、俺」


 


 冗談のような口調。


 だが、その内容は現実だった。


 


「15分やる」


 


 ぴたり、と刃が止まる。


 


「一秒でも遅れたら――殺す」


 


 その言葉が、最後の猶予だった。


 


 黒瀬は――


 


 考えるより先に、身体が動いていた。


 


 踵を返し、走る。


 


 廊下を、全力で駆け抜ける。


 


 頭の中で、何度も同じ言葉が反響する。


 


(間に合え)


(間に合え)


(間に合え――!)


 


 ー


 


 静寂。


 


 先程までの緊張が嘘のように、病室の中は不気味なほど静まり返っていた。


 


「……俺って優しすぎだろ」


 


 ぽつりと、呟く声。


 


 菜々美は肩をすくめる。


 


「てか慣れねぇな、この体」


 


 手を開いたり閉じたりしながら、感触を確かめるように指を動かす。


 


 その仕草は、まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだった。


 


「……何がしたい」


 


 蒼真が睨む。


 怒りと恐怖が混ざった、歪んだ表情。


 


「何がって?」


 


 くつくつと笑う。


 


「金がねぇと何も出来ねぇだろ?」


 


「菜々美を返せ」


 


 即答だった。


 


 間髪入れずに、絞り出すような声。


 


「しつけぇな」


 


 心底面倒くさそうに、息を吐く。


 


「――まぁ、返してやってもいいぜ?」


 


 わざと間を置いて。


 


「遊んだ後ならな」


 


 その言葉に、蒼真の顔が歪む。


 


「あと五分」


 


 淡々と告げられる時間。


 


「頼む……!」


 


 その声は、もはや懇願だった。


 


 だが。


 


「ははっ……」


 


 楽しそうに、笑う。


 


「いいこと思いついた」


 


 ゆっくりと。


 


 ナイフが、自分の首元へと移動する。


 


「やめろ!!」


 


 蒼真が叫ぶ。


 


 その反応を楽しむように、ほんの一瞬だけ刃を当て――


 


 すぐに元の位置へ戻す。


 


「なーんてな」


 


 ケラケラと笑う。


 


「ぴったり15分」


 


 その瞬間。


 


 ――扉が勢いよく開いた。


 


 荒い息。


 


 黒瀬が、病室へ飛び込んでくる。


 


 手に握られていた財布を、そのまま投げる。


 


 放物線を描いて飛んだそれを、菜々美は軽々と受け取った。


 


「お前ら、いいねぇ」


 


 中身を確認するように軽く開きながら、満足げに頷く。


 


「この金に免じて――今回は殺さねぇ」


 


 あっさりと。


 


 あまりにも軽く、命のやり取りが終わる。


 


 くるりと踵を返し、そのまま扉へ向かう。


 


「あぁ、そうそう」


 


 振り返らないまま、言う。


 


「追ってくんなよ?」


 


 足を止めることなく。


 


「でないと――この女、死ぬぞ?」


 


 くくっと喉の奥で笑う。


 


(まぁ、俺は次の身体に移るだけだけどな)


 


 その声は、もはや独り言のように小さかった。


 


 そして。


 


 何事もなかったかのように、病室を出ていく。


 


 扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


 


 ー


 


 一瞬の静寂。


 


 黒瀬は反射的に、追いかけようと足を踏み出す。


 


「黒瀬っ!」


 


 その声に、足が止まる。


 


 振り返る。


 


 そこには――


 


 崩れ落ちる蒼真の姿があった。


 


「頼む……俺の妹なんだ」


 


 震える声。


 


 拳を握り締め、必死に何かに耐えている。


 


 黒瀬は、その姿を見て――


 


 それ以上、前に進めなかった。


 


「は……っ……」


 


 荒く息を吐く。


 


「くそ……」


 


 どうしようもない現実に、吐き捨てるように呟く。


 


「……最悪だ」


 


 その言葉が、やけに重く響いた。


 


 そして――


 


 脳裏に、あの声が蘇る。


 


 ――この後取る君達の行動は、賛成できない。


 


 黒瀬は目を閉じる。


 


 何も言い返せない。


 


 何一つ、間違っていない。


 


 ゆっくりと息を吐き出し――


 


「……くそ」


 


 小さく、吐き捨てた。


 


 


 ――本当に、その通りだった。


 


 


 夜は、まだ終わらない。


 


 


 そして、この選択が。


 


 もう一つの“最悪”を引き起こすことを――


 


 この時の俺は、まだ知らない。


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