第52話:10分
「……俺、友達で良かったか?」
蒼真の声は、かすかに震えていた。
それは怯えのようで、祈りのようでもあった。
裏切りを告白した人間が、最後に聞く言葉としてはあまりにも情けない。
それでも――蒼真は聞かずにはいられなかった。
透は、一瞬だけ黙る。
そして、ふっと笑った。
「当たり前でしょ」
蒼真が顔を上げる。
「だから行こう」
「……は?」
透は真っ直ぐ言った。
「妹さん、助けよう
私の治癒、使う」
蒼真の目が大きく見開かれる。
「な……」
その時、黒瀬が口を開いた。
「透、それは分かった。
だが一つ引っ掛かる」
黒瀬の視線が蒼真へ向く。
「蒼真。透の治癒が分かった時点で、なぜ使わなかった?」
「……っ」
蒼真が言葉に詰まる。
「それは……」
数秒の沈黙。
そして蒼真は、低く言った。
「……俺だって
使いたかった」
透が一歩近づく。
「でも?」
蒼真は目を伏せた。
「妹が居る場所に……俺は入れない」
透が固まる。
黒瀬が小さく息を吐いた。
「なるほどな。
……あの親父のやりそうな事だ」
透はすぐに顔を上げる。
「なら簡単。
どうやってその場所に入るか、考えればいいだけでしょ」
黒瀬は少しだけ笑った。
「あぁ、そうだな」
ーーー
三人は夜の街を走っていた。
冷たい空気が肺に刺さる。
息が上がる。
それでも誰も止まらない。
蒼真だけが、何度も同じ言葉を心の中で繰り返していた。
――間に合え。
それと同時に蒼真は思った。なんで助けてくれる?だから思わず聞いた。
「なんでだよ……」
蒼真が呟く。
透は振り向かない。
「友達だから」
それだけ言った。
その横で、黒瀬がぽつりと言う。
「透」
「今だから言うけど……俺も裏切り者だって分かってるよな?」
透は睨んだ。
「その話はあと
これ終わってから、ゆっくり聞く
今は黙ってて」
黒瀬は少し驚いた顔をして。
「……分かった」
前を向いた。
少しして。
透が言った。
「これ終わったら」
「二人とも殴らせてよね」
蒼真が目を瞬かせる。
「殴るでいいのかよ」
「パーじゃないから」
透は拳を握る。
「グー
しかも思いっきり」
黒瀬がニヤッと笑う。
「……あぁ、いいぞ
主に蒼真を殴れ」
「俺かよ!?」
蒼真が叫ぶ。
「ここ庇い合う所だろ!
透、俺より黒瀬に一票!」
透は二人を睨んだ。
「二人ともバカ!
ボコボコにしてやるから覚悟しといて!」
その言葉に。
黒瀬と蒼真は、同時に思った。
――最近の透は、少し変わった。
けれど。
今笑っている透は。
どこか昔と同じだった。
そしてそれも含めて。
今の透なのだと、二人は思った。
ーーー
病院に到着した三人は、エレベーター前へ向かった。
案の定、ガードマンが立っている。
黒瀬が一歩出る。
「……退け」
透がすぐ前に出た。
「黒瀬、ダメ」
透はガードマンへ微笑む。
「すみません
今日は検診の日なんです」
ガードマンは透を見る。
透の顔は、よく知っていた。
何度もここに来ている少女だ。
「そちらの方は?」
蒼真を見る視線。
透は平然と言った。
「付き添いです
それに……私の意向は、出来るだけ通せって言われてますよね?」
ガードマンは少し考えた。
そして。
身体を横にずらした。
「……どうぞ」
エレベーターの扉が閉まる。
三人同時に息を吐いた。
黒瀬が呟く。
「透
お前、俺より顔知られてるってどういうことだよ」
透は苦笑する。
「それだけ通ってるってこと」
蒼真が笑う。
「でも、すんなり通れて良かったな」
黒瀬は黙っていた。
――簡単すぎる。
そう思った。
だが。
考えすぎかもしれない。
エレベーターが止まる。
扉が開いた。
妹のいるフロア。
廊下を進む三人。
黒瀬が呟く。
「……変だ……人が、いない」
「気にしすぎだって!」
蒼真が言う。
「菜々美……ようやく助けられる」
そして。
妹の病室の扉。
黒瀬がゆっくりと開けた。
そこにいたのは。
黒瀬の父だった。
「やぁ」
男は穏やかに笑う。
「遅かったね」
蒼真の体が固まる。
男は軽く言った。
「一歩、遅かったかな
10分前にね」
男は、ベッドを軽く見た。
「息を引き取ったよ」
「……え」
ベッドの上。
妹は、眠るように横たわっていた。
「……嘘だろ」
蒼真の震える言葉を背に、透が近づく。
そして指先が、妹の手首に触れる。
冷たい。
ほんの少し前まで、生きていたはずの体温が、もう残っていない。
透はもう一度脈を探した。
そして。
何も見つけられなかった。
透の顔が歪む。
それからの透の行動は早かった。
透は迷わなかった。
カッターを握る。
目を見開いたのは誰だったか……
「……と」
言葉より先に刃が指に食い込む。
痛みより先に、血が溢れた。
それでも止まらない。
「やってみなくちゃ分かんない!」
深く。
血が滴る。
「無駄だよ」
黒瀬の父が言う。
透は聞かない。
滴る血を。
妹の口へ入れる。
「……お願い」
透の声は、かすれていた。
「まだ……まだ助かるかもしれないでしょ……」
蒼真は、妹の顔を見た。
眠っているだけのような顔だった。
今にも起きてきそうな顔――
をしてるのに、妹は起きては来ない。
妹との思い出は、正直あまりない。
幼い頃に別れたきり。
それでも小さな手を繋いでよく歩いた。
お兄ちゃんと、呼ばれた幼い妹の舌足らずな声を覚えてる。
あんなに小さかった妹の手が今は酷く冷たい。
そして、蒼真が透の腕を掴んだ。
「っ……離して!」
「まだ助かるかもしれないでしょ!」
蒼真の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「……透」
透の手を離さない。
黒瀬の父が笑う。
「だから無駄だって
君の能力は万能だけど
死者は生き返らない」
黒瀬の拳が震えていた。
骨が軋むほど、強く握られている。
黒瀬が低く言う。
「黙れ」
男は笑った。
「いいや
黙らない」
そして。
言った。
「君たちが来るのは分かっていた」
その瞬間。
蒼真が飛びかかった。
胸ぐらを掴む。
「お前が……
お前が殺したのか!?」
男は首を傾げた。
「ん〜
正確に言うなら
殺したのは僕であって
僕じゃない」
そして。
笑って言った。
「だって
君が最後までやり遂げていたら
この子は死なずに済んだ」




