第11話:気の所為?
放課後の教室は、昼間の騒がしさが嘘みたいに静かだった。
机の間を抜ける風が、カーテンをゆらりと揺らす。
「なぁ透、今日の購買さ——」
蒼真は言いかけて、ふと自分の手を見た。
右手の人差し指。
少し前まで、確かにあった小さな切り傷。
——あれ?
指先を曲げる。
つまむ。
押してみる。
……痛くない。
「……ん?」
思わず眉をひそめる。
昨日は、消毒のときにあんなに騒いだはずなのに。
「どうしたの?」
透が振り返る。
「いや、なんでもねぇ」
蒼真は慌てて手を引っ込め、へへっと笑った。
(……治るの、早すぎじゃね?)
一瞬、そんな考えが浮かぶ。
でも、すぐに首を振る。
たいした傷じゃなかった。
元々、浅かった。
気にしすぎだ。
「やっぱ……気の所為、か」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
そのやり取りを、少し離れた席から黒瀬が見ていた。
蒼真が何度も指を見る仕草。
無意識に、確かめるような視線。
——昨日も、そうだった。
黒瀬は視線を伏せ、静かに息を吐く。
「……偶然、ね」
呟きは、誰にも届かない。
透は笑っている。
いつも通りに、話している。
陽菜のいない日常を、前に進もうとしている。
だからこそ——
黒瀬は、目を逸らさなかった。
気の所為で済ませるには、
同じ違和感が、繰り返されすぎている。
それだけは、確かだった。




