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C型血の少女は、誰も救わないと決めた  作者: くじら


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第40話:不可逆






透が苦笑して言う。


「それより……ほら、着いたよ?」


アリアは顔を上げる。


息が荒いまま、視線を前に向ける。


鉄の門。

古びた石。

静まり返った空気。


「……ここ?」


違和感。


住宅街じゃない。

明かりも少ない。

人の気配もない。


「……ねぇ、透。ここ……静かすぎない?」


透は一瞬だけ目を伏せる。

だがすぐ、いつもの優しい顔に戻した。


「うん。静かだよ」


その言い方が、逆におかしい。


アリアが一歩、門の中へ入る。


砂利の音。


足元に並ぶ石。


視線が、下へ落ちる。


——名前。

——戒名。

——享年。


理解が追いつかない。


「……え?」


呼吸が止まる。


「……なんで……?」


ゆっくりと、ある墓石に視線が吸い寄せられる。


見覚えのある苗字。

知っている、下の名前。


「……ちが」


否定が先に出る。


「違うよ、だって、住所……ここ……」


母親はここに住んでいるはずだった。

会えるはずだった。

話せるはずだった。

謝れるはずだった。


透が、静かに呼ぶ。


「……アリア」


その声で、分かってしまう。


「お母さんは、もう——」


耳鳴り。


世界が遠のく。


「うそ」


乾いた笑いがこぼれる。


「だって……だって、私、会いに来たのに」


透の肩から、まだ血が滲んでいる。


でも今は、それどころじゃない。


精神の方が、先に崩れていく。


「……会えるって、思ったのに」


声が、ほんの少しだけ幼くなる。


無意識に。


「ちゃんと……話す、つもりだったのに……」


アリアは墓石に触れる。


冷たい。


現実の温度。


ずっと考えていた。


会えたら、何を聞こうか。何を話そうか。


自分は生まれてきてよかったのか。


どうして置いていったのか。


一度でも会いたいと思ったことはあったのか。


一緒に連れていく選択はなかったのか。


自分の能力を知っていたのか。


山ほどあった。


なのに。


喉がひくりと震えて。


出てきた言葉は、ひとつだけだった。


「……わた、しを……」


呼吸が乱れる。


視界が滲む。


「……私を……」


石を掴む指が震える。


それでも、聞かずにはいられなかった。


「……愛して、ました、か?」


沈黙。


風の音だけが通り過ぎる。


答えは、ない。


永遠に。


その瞬間。


体の奥が、ぐにゃりと歪む。


代償が、追いつく。


膝が落ちる。


「……と、おる……」


声が、舌足らずになる。


アリアは気付かない。


ただ、墓石を見つめる。


「……ママ……」


透の背筋が凍る。


「……わたし、いいこ、だった?」


止まらない衝動。


無性に全てを壊したくもなる。


誰かに知って欲しいのか、存在を許して欲しいのか分からない。


ただどうしようもなく、涙が止まらなかった。


沈黙が続く。


風が、冷たい。


返事はない。


墓石は、ただそこにある。


アリアの指が、石を強く掴む。


爪が白くなる。


肩が震える。


そして。


ぽつりと、零れた。


「……お母さん」


声が掠れる。


「……会いたい」


透がはっと顔を上げる。


嫌な予感。


「……アリア、やめて」


止める声。


でも、アリアはもう聞いていない。


「会いたいの……」


赤い瞳が、濃くなる。


「今すぐ——戻って来て」


空気が歪む。


言葉が、世界に命令する。


墓石の周囲の空間が軋む。


砂利が浮き、風が逆巻く。


透が叫ぶ。


「やめてっ!」


——何も起きない。


墓石は、動かない。


空は割れない。


死者は、戻らない。


能力は万能じゃない。


死を覆すことは、できない。


静寂。


そして。


ぐにゃり、と。


今度はアリアの体が歪む。


「……あ」


膝が落ちる。


視界が揺れる。


手を見る。


指が、短くなっている。


「……あぁ……」


声が震える。


理解している。


「……等々……身体まで、持っていくのか……」


苦笑する。


涙を浮かべたまま。


「……思考だけだと、思ったのに……」


袖が余る。


視線が低くなる。


骨が縮む。


透が駆け寄る。


「なんで……なんでこんなこと……!」


アリアはゆっくり透を見る。


その瞳は、まだ大人だ。


まだ、アリアだ。


「能力は……使わないって……言ったのに……」


申し訳なさそうに、笑う。


「……ごめんね?」


透の喉が詰まる。


何も言えない。


止められなかった。


守れなかった。


「……でもね」


声が少し震える。


体はさらに縮む。


「やっぱり……一回くらい……言いたかった」


母に。


願いたかった。


子どもみたいに。


「……透」


赤い瞳が、まっすぐ向く。


「……ちゃんと、生きてね」


透の呼吸が止まる。


「……私みたいに、間違えないで」


そして、


「ありがとう」


それが、最後のはっきりした言葉。


次の瞬間。


瞳の焦点が崩れる。


身体がさらに小さくなる。


言葉が砕ける。


「……とー……」


服を掴む小さな手。


そこにいるのは——


一歳ほどの幼子。


記憶も、言葉も、願いも失った存在。


墓石の前。


月明かりの下。


母を呼び、

母を蘇らせようとし、

不可能を知り、

それでも願った少女は消えた。


透の腕の中で、

小さな命が、ただ泣いている。




最後まで読んでくれてありがとうございます!!!

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