第32話:誘導尋問の先
日曜の前日。
放課後前の教室は、どこか落ち着きがなかった。窓の外では運動部の掛け声が響き、廊下では文化部が備品を運ぶ音がする。週末前特有の緩んだ空気の中で、ただ一人だけ、その空気から取り残されている人間がいた。
透は、机に肘をつき、ぼんやりと窓の外を見ていた。
視線はグラウンドの向こうを向いているが、何も見えていない。頭の中では、明日のことばかりがぐるぐると回っていた。
アリアと会う。
そして、あの住所の場所へ行く。
——アリアはあの場所がどう言った場所か知らない。
言うべきか。
言わないままでいいのか。
透は唇を噛み、視線を落とした。
「透、なんかあったろ?」
不意に、真横から声が落ちた。
顔を上げると、黒瀬が立っている。いつも通りの落ち着いた表情。けれど、その声は明らかに核心してる物言いだった。
「え!? べ、別に? 何もないよ……?」
言った瞬間、自分で「あ、やばい」と思った。
声が裏返った。
視線が泳いだ。
肩が不自然に跳ねた。
隠し事をしている人間の見本市みたいな挙動だった。
黒瀬は、ゆっくりと瞬きをする。
「……へぇ」
その一言が、怖い。
そこへ、廊下側の扉が勢いよく開いた。
「おーい黒瀬、購買——って、あ?」
蒼真が入ってきて、透を見るなり足を止めた。そして、黒瀬と透を交互に見て、ふむと首を傾ける。
「あー透、その顔なんかやらかした?それか、なんか隠してる顔だ」
「なんで即断定!?」
「だって透のその顔。昔から変わってねぇもん。それと黒瀬の顔見たら一発!」
蒼真は机にドカッと腰を下ろし、透を真正面から覗き込む。
「で、なにやらかした?」
「やらかしてない!」
「じゃあやらかす予定?」
「予定もない!」
「俺は怒らねぇから言ってみ?」
「とか言って黒瀬が怒るパターンでしょ!それ!」
「お、正解!」
テンポよく投げられる言葉に、透は返すたびに自分の墓穴を広げている気がした。
黒瀬が静かに口を開く。
「で?」
空気が変わる。
「何を隠してる?」
真顔だった。
感情を乗せない声音。だからこそ重い。
透の喉が鳴る。
「えっと、その……」
「透」
黒瀬が一歩、距離を詰める。
「隠し事はするなって、何回言った?」
思い出す。
これまで何度も、危険に突っ込んできた自分。
そしてそのたびに、心底怒られたこと。
「……」
「質問する。はいかいいえで答えろ」
「ちょっと待って、それ絶対誘導尋問に入るやつ——」
「「はいかいいえ」」
声が揃う。
「ズルくない!? 二人して!」
「「ズルくない」」
また揃った。
透は観念した。
「……はい」
「透は隠し事をしてる」
「……はい」
「それは俺らが怒ることだ?」
「いやぁ、あのね——」
無言の圧。
黒瀬の視線が刺さる。
「……はい」
「危険を伴う? または伴うかもしれない」
「危険……かと言われたら……」
「はいかいいえ」
「……いいえ」
「能力を使う」
「いいえ」
「誰かに会う、または会う約束をしている」
透の動きが一瞬止まった。
逃げ道を探すように視線が揺れる。
「……はい」
黒瀬の目が細まる。
「それは学校外の人間。俺の関係者だ」
「いいえ」
「へぇ。会うのは土曜、または日曜」
「ちょ! なんでそこまで!」
「はいかいいえ」
「……はい」
黒瀬は小さく息を吐いた。
「十分だ」
「え!? 今ので!?」蒼真が身を乗り出す。
「あぁ。俺らが怒ることで、誰かに会う。危険性は低い。能力も使わない。俺の関係者じゃない。ここまで聞き出せれば絞れる」
「すっげー!」
蒼真が黒瀬にまとわりつく。
それを、鬱陶しそうに払い除ける黒瀬。
透は、ただ青ざめるしかなかった。
「あのね、黙ってるつもりじゃなくて……」
「で?」
「圧かけないで! 怒るよ!」
「怒る前に吐け。それとも俺から言おうか?」
逃げられない。
透は大きく息を吸った。
「……会うのはアリア」
「だろうな」
「黒瀬わかってたのかよ」
「あれだけ絞れたら、だいたいわかる」
モゴモゴしながら透が続きを話すのを2人は静かに聞く
「その、日曜に」
沈黙。
蒼真の眉が、はっきりと吊り上がった。
「で、なんであいつと会うんだよ」
そこには、明確な拒絶があった。
アリアをまだ信用していない。
それは隠していない感情だった。
透は視線を落とす。
「……アリアに、行きたい場所があるらしくて」
「場所?」
「うん。住所、見せられてさ」
「で?」
黒瀬が静かに問う。
「会って何する?」
透の心臓が大きく跳ねた。
一瞬、教室の音が遠のく。
言えない。
アリアは、そこが何の場所かまでは分かっていない。
でも——行きたいと言った。
アリアは理由を言わなかった。
だから、無理して聞かなかった。
そんなアリアを「……一人で行かせられない」
それが本音だった。
アリアの代償。
思考の退化。
危うい。
どこか、急に幼くなる時がある。
放っておけない。
「ガキじゃねぇんだ。一人で充分だろ?」
蒼真の言葉は正論だ。
でも透は、首を振った。
「無理」
はっきりと言った。
「止めても行くんだろ?」
黒瀬の問い。
透は迷わなかった。
「うん」
その声は小さいが、揺れていなかった。
蒼真が大きく息を吐く。
「……はぁ」
しばらくの沈黙。
やがて黒瀬が口を開く。
「じゃあ条件」
「条件?」
「俺らも一緒に行く」
透が顔を上げる。
「え」
「お前一人で行かせるわけないだろ」
当然のように言う。
蒼真も腕を組みながら頷いた。
「気に入らねぇけどな。あいつのこと」
それでも、行くと言う。
透の胸の奥が、じんわりと熱くなった。
「……ありがとう」
「で、場所は?」
黒瀬の問いに、透は少しだけ躊躇った。
「……私からもひとついい?」
「何だ」
「場所は、ここなの」
そう言って指さしたメモを2人が見下ろす
「ここって........。」
「なんでアイツが此処に行きてぇんだ!?」
空気が凍る。
「私にもわかんない!でもアリアはその場所を知らない。だから言わないで」
「なんでだよ……」
蒼真が低く唸る。
透は言葉を探す。
「住所見せられた時、理由聞いたんだ。でも言いたくなさそうだったから……。言わない方がいいのかなって。私の勝手な解釈だけど」
自分でも、正解かは分からない。
でも——。
守りたいと思った。
アリアの気持ちも。
この二人との関係も。
だから―――
2人を信じて打ち明けた。
黒瀬は透を見つめ、やがて静かに言った。
「……了解」
「黒瀬!?」
「黙ってる。ただし俺らも行く。そこは譲らない」
蒼真も不満げに頷く。
「お前が一人で背負うのは禁止だからな」
透は、ゆっくりと笑った。
怖い。
不安だ。
アリアは間違えても味方なんかじゃない。
組織側の人間だ。
そこは間違ったらダメだ。
明日、何が起きるか分からない。
それでも。
一人じゃない。
黒瀬と蒼真も一緒だ。
それだけで、怖さは半分になる。
透は静かに、心の中で決めた。
明日、何があっても。
自分が、支える。
そのために、行くのだから。




