第10話:名前を呼ばない日
教室に戻ってきた三人は、少し気まずい空気をまといながら扉を押し開いた。
「……ただいま」
透は小さく息をつき、荒川の前まで歩み出す。
「荒川、ごめん!!!! さっきは私も悪かった……!」
勢いよく頭を下げる。
涙の跡はまだ目に残っているが、口元には無理に作った笑みが浮かんでいた。
荒川は戸惑ったように一歩後ずさり、頭をかきながら小さく呟く。
「お、お……俺も悪かった……」
「荒川は元気だせって言いたかったんだよなぁ〜この不器用マンめ〜」
クラスメイトの一言に、教室のあちこちから笑い声が起こった。
「勢い良く来られてビビってる荒川マーン(笑)」
「うっせ!!! お前ら!!!」
緊張はふっとほどけ、教室にいつもの空気が戻ってくる。
「だな……俺も一緒に謝るか〜。俺もムキになったし」
蒼真も肩をすくめ、へへっと笑いながら荒川の肩に手を置いた。
「あ!!! てめぇ!!! 蒼真!!! てめぇは許さねぇ〜からな!!!」
「えぇ〜荒川〜、女の子には弱いのに俺には厳しぃ」
「ん、まぁ俺も悪かったし……購買のウキウキメロメロンパンで手を……」
「いや、アレが食えるなら荒川になんてやる訳ねぇだろ!!!!
ウキウキメロメロンパンは俺のもんだ!!! ばぁか!!!」
教室は笑いに包まれ、まるで何事もなかったかのように、日常が戻っていく。
——陽菜だけが、いない日常に。
それでも、透は笑っていた。
透の手の中には、まだじんわりとした熱が残っている。
その違和感に気づかないふりをして、また一つ、笑顔を作った。
⸻
黒瀬は、その横顔を横目で見ていた。
いつも通りだ。
少し騒がしくて、少し無茶で、世話焼きで。
——なのに。
陽菜の名前を、誰も口にしない。
透も、言わない。
それを「日常」だと、全員が思うことにしている。
黒瀬だけが、その感覚を手放せずにいた。
あの事故。
今日、見た血。
そして、透が何も気づいていないこと。
「……面倒だな」
小さく吐き捨てる。
知りたいわけじゃない。
正義感でもない。
ただ——
見なかったことに、できなくなっただけだ。
黒瀬は視線を落とし、静かに決める。
調べるのは、まだ先でいい。
確かめるのは、最低限でいい。
それでも。
あの血の意味だけは、
知らないままでは、いられなかった。
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