第28話:俺は俺か?
滅んだ俺の母国は、小さな島国だった。
地図にもほとんど載らない、
けれど俺たちにとっては世界のすべてだった国。
透き通る海。
白い砂浜。
潮の匂い。
民は皆、ヴァルムという神を信仰していた。
朝も、昼も、夜も。
祈りと共に生きる国だった。
俺の民族は皆、浅黒い肌に黒い瞳と髪。
男は屈強で、女は強く、美しかった。
――俺以外は。
俺は生まれつき身体が弱かった。
骨ばって、痩せて、すぐ熱を出す。
でも、不幸じゃなかった。
優しい両親。
気のいい友人。
そして――妹。
砂浜を駆けるのが好きだった。
妹の小さな足跡が俺の隣に並ぶ。
「お兄ちゃん、待ってよー!」
将来は父のような漁師になりたかった。
まあ、無理だと分かってはいたが。
それでも、夢を見るくらいは自由だった。
⸻
あの日も、いつも通りだった。
妹は貝を拾い、
俺は水平線を眺めて父の船を探していた。
観光客が増え、砂浜は年々削られていた。
「ここも、もうすぐ入れなくなるかもな」
そんな話を友人としていたのを思い出す。
「お兄ちゃん!」
妹が呼ぶ。
「貝拾うの手伝って!」
仕方なく立ち上がる。
砂を掬った瞬間。
チクッ。
「……痛っ」
指先に走る鋭い痛み。
見ると、ガラス片。
(妹じゃなくて良かった)
そう思った瞬間だった。
ぽたり。
血が、砂に落ちた。
――その一瞬。
砂が、膨らんだ。
ボコボコと蠢き、
人の形へと変わっていく。
「お兄ちゃん……?」
妹の声が震える。
俺は妹の手を握り締め、無我夢中で走る。
身体が悲鳴をあげ、胸がけたたましく脈打つも、俺は止まらなかった。
最後に振り返った時、
そこに立っていたのは――
俺だった。
見てはいけないモノを見た感覚だった。
⸻
その夜、眠れなかった。
妹がそっと部屋に入ってくる。
「お兄ちゃん……私」
言葉の続きを、俺は聞きたくなかった。
怖かった。
妹の目に、恐怖や、拒絶を見るのが。
けれど妹は言った。
「私.....誰にも言わない」
そう言って笑った妹の笑顔を俺は一生忘れない。
震えながらも俺は何も言えなかった。
その夜、俺は妹と手を繋ぎ眠った。
それが、妹と眠った最後の夜だった。
⸻
俺たちは気付かなかった
俺たちを見ていた者がいたことを。
数日後、俺は捕らえられた。
国の上層部。
地下。
冷たい石壁。
俺は寝台に縛られ、天井の灯りを睨んでいた。
少し離れた場所で、白衣の男たちが話している。
「始まりの血は、この島から生まれた」
「C型の発症率は異常だ」
「二つ持ちが現れれば、国は盤石になる」
誰かが、俺の顎を掴む。
「……こいつはどうだ?」
沈黙。
「反応はある。だが、二つ持ちではない」
その一言で、俺の価値は決まったらしい。
意味が分からない言葉を使う大人たち。
だが現実は、容赦なく続く。
身体は弱り、
意識は霞み、
精神は削られていった。
この国は狂っていると思った。
だが。
どんなことがあっても
滅ぶべき国ではなかった。
少なくとも、蹂躙されて良い民なんていない。
⸻
王宮が制圧された夜。
混乱の隙をついて逃げ出した。
砂浜へ向かった。
あの日と同じ場所に妹が倒れていた。
動かない。
父は母を抱き締めたまま、息絶えていた。
顔は、見れなかった。
見たら、壊れると思った。
その瞬間。
俺の中で、何かが弾けた。
力が爆発する。
無数に拡散する――
だが。
人型を取る前に、
破裂した。
パン、と。
「……君? 今、何しようとした?」
声。
振り向く。
そこにいたのは――
天使の皮を被った悪魔。
透き通るような少女。
蜂蜜色の髪と青い瞳。
状況が違えば、見惚れていただろう。
だがその存在は、絶望そのものだった。
「ま、誰でもいいけど」
感情の籠らない瞳で言い切った少女。
「どうせこの国は滅ぶんだもん」
震える唇で問いかける。
「……お前が?」
少女は首を傾げる。
「私が殺したかが聞きたいの?だったら何?」
「みんな死ぬのよ? そのように私がしたんだから」
手を翳す。
風が舞い上がる。
血が、空を染める。
意識が沈む。
⸻
あぁ。
あいつは、俺と同じだ。
特別な血の持ち主。
知っていて、やった。
選んで、壊した。
何もかも。
⸻
死んだと思った。
だけど、俺は死ななかった。
そして俺は捕まった。
だが、一つだけ疑問が残る。
あの時、分散した俺。
破裂した俺。
逃げた俺。
捕まった俺。
あの瞬間、確かに――
いくつもの恐怖が、怒りが、絶望が、
一度に流れ込んできた。
あれは、俺の感情だったのか。
それとも、俺になり損ねた誰かのものか。
――俺は、本当に“俺”か?




