第26話:最愛の実験体
……正直、誤算だった。
アリィは、もう少し使えると思っていた。
あと何回、あの力を引き出せるだろうか。
そう計算しながら、私は静かに思考を巡らせる。
――少なくとも、今回で限界が近い。
想定より早い。それが、気に入らない。
計算は得意なはずだった。
数字も、人も、状況も。
なのに、どこで間違えた?
分からないところで、致命的なミスを犯していたのかもしれない。
それでも。
アリィは言われた通り、一切の迷いなく、指示通りに動いた。
壊せと言えば壊す。止めろと言えば止まる。
今回の計画では、“すべてを壊す”手筈だった。
結果として生き残りが出ようが、正直、問題はない。
「へぇ……あの状況で生き残ったんだ」
興味はなかった。
どうやって生き延びたのか。
何を思い、何を失ったのか。
そんなものに価値はない。
無機質な空間。
自殺防止用の口輪。
両手には手枷。
床に座らされている“彼”を見下ろしながら、
私は小さく舌を鳴らした。
「……ひゅ〜。流石、透の血だ」
実に優秀だ。
あれほどの状況でも、
命を繋ぎ止めるだけの力がある。
是非とも、有意義に使いたい。
頭の中で残量を整理し、優先順位を組み立てる。
――まず、アリィが最優先。
あの力は失えない。
まだ使えなければ、組織として致命的だ。
次に.....
そこまで考え、視線を戻すと、彼は捕らえられた獣のようだった。
荒い息遣い。
血走った目。
殺気を隠そうともしない眼差し。
手首には、何度も自死を試みた痕跡。
それも、つい最近出来たものだ。
治そうと思えば、透の血で簡単に治せる。
だが――
彼の傷跡を消すために、その血を使うつもりは一切ない。
まぁ、彼の命が尽きるか、あるいは彼の家が巨大な金庫になり得るほどの価値を持てば――
その時は、躊躇なく透の血を使うだろう。
口輪を外す。
次の瞬間、彼は叫び始めた。
ガチャン、ガチャンと手枷を鳴らし、喉が裂けるほどの怒声を上げる。
それを眺めながら、私は小さくため息を飲み込んだ。
「Kel var unath.! Kel var nsorj<^!」
「……彼は、何て?」
「えっと……殺せ、と。
あとは……全員殺す、だそうです」
以前と同じ言葉です。
そう付け加え、部下は居心地悪そうに頭を下げた。
……能力が無ければ、とっくに粛清していた。
そう思う一方で、よく生き残ってくれた、とも感じている。
彼の力は、透やアリィには及ばない。
それでも、十分すぎるほど役に立つ。
「Zerath…… Skave …… Argen……」
スピーカーから流れてくる声。
父。
母。
――リリア。
もう何度も聞いた。
悲痛な声で、家族の名を呼ぶ。
「最後の言葉は恋人かな?」
「いえ……おそらく妹かと」
「あぁ、なるほど……」
少し考えてから、私は肩をすくめる。
「残念。生かして捕らえておけば良かった」
そう呟き、踵を返す。
「あぁ、壊れない程度に血を抜いて。
それと、口輪は忘れずに」
深く頭を下げる部下を一瞥もせず、
向かう先は――
最愛の娘の部屋。
部屋と呼ぶには、あまりにも無機質な空間。
だが、そこにいるのは、私の“希望”だ。
そろそろ、目を覚ます頃だろう。
透の血の凄さに、何度心が踊ったことか。
あの血の、まだ見ぬ有意義な使い道を考える。
この高揚感。
この瞬間ほど、心が躍る時はない。
案の定、アリィは目を覚ましていた。
そして以前の約束を、しっかり覚えていて、要求してくる。
……仕方ない。
日本にいることを教える。
これは、大きなヒントだ。
さらに――
母親が住んでいる“地域”まで教えると約束した。
「じゃ、こうしよう。次で、地域を教えよう」
これは、大サービスだ。
だって。
アリィは、
僕の最愛の娘なのだから。
愛しい娘に甘くて、何が悪い?




