第25話:ありがとうと言えない
また、外に出られる日が来るなんて思ってもいなかった。
それどころか、こうして全力で走るなんて――
もう二度と無いと思っていた。
肺が焼ける。
足が重い。
それでも止まれない。
これが最後。
これが、本当に最後だから。
そう何度も心の中で繰り返しながら、私は真横を走る透を見た。
同じ速度で、同じ方向を見て、同じように息を切らしている。
……どうしてだろう。
胸の奥が、苦しくなる。
「……ごめん」
気づいたら、口が勝手に動いていた。
一瞬だけ、
ありがとう、と言いかけて――
結局、出てきたのは「ごめん」だった。
きっと私は、この先どれだけ時間があっても、
この言葉を「ありがとう」に言い換えることは出来ない。
それは、
私が消える、その瞬間まで。
―――
――
―
意識を取り戻したのが、いつだったのかは分からない。
数日?
数週間?
もしかしたら、半年以上?
時間の感覚が、ひどく曖昧だった。
ただ一つ分かるのは、
今回は、随分と長い間“アリィ”だった、ということ。
目を開けると、いつもの無機質な空間が広がっていた。
白い壁。
白い床。
白い天井。
窓はない。
外も見えない。
正直、うんざりだ。
言われるままに力を使って、
言われるままに壊して、
その結果が、これ。
自業自得だと分かってはいるけれど、
それでも、気持ちは沈む。
私が目を覚ましたことに気づいたのだろう。
扉が開き、父が入ってきた。
「やぁ、おはよう?」
「……頭、痛い」
最後に会った時、あれほど荒れていた父は、
今日は少しだけ機嫌が良さそうだった。
――どうせ、ろくなことを考えていない。
もう、この男に期待するのはやめた。
とっくの昔に、そう決めたはずだ。
それでも。
たった一つだけ。
どうしても、知りたいことがあった。
言われた通り、全部壊した。
結果、あの国は一夜にして地図から消えただろう。
後悔はしていない。
私は、何度も同じことをやってきた。
ただ、今回は少しだけ――
仕事の規模が大きかった。
「……約束は?」
それなりの対価を、事前に要求していた。
アリィになると、私は無償でこの父に手を貸す。
それが、どれほど理不尽か。
そのせいで、私はいつ消えてもおかしくない。
「あぁ……そういう約束だったね」
――忘れてたよ。
そんな軽さで笑う父が、心底胸糞悪い。
血が繋がっていると思うだけで、
今すぐ自分の喉を掻き切りたくなる。
「ん〜その前にさ、もう一回力を使って欲しいんだ」
「……は?」
話が違う。
そう叫びたくなって、
喉の奥で言葉を殺した。
「いやぁ、アリィが滅ぼしたあの国、覚えてる?
生存者が居たんだけどね、中々口を割らなくて困ってるんだ。
それに、出来ればこちらに協力するように躾けたい」
――アリィなら、それが出来るだろ?
その一言で、頭に血が上る。
それでも私は、怒鳴らなかった。
罵声も、悲鳴も、飲み込んで。
静かに、口を開く。
「……失せろ」
……分かってた。
分かってたじゃないか。
母親の情報を、
簡単に教えるはずがないことくらい。
私が今、一番欲しいカード。
それを、この男は何度もちらつかせる。
今回も、また。
私は利用され、
少しずつ自我を削られていく。
父の言葉なんて、
最初から信じるべきじゃなかった。
……それでも。
それでも、私は母に会いたい。
会って、聞きたいことがある。
子供が母親に会いたいと思うことは、
そんなに罪深いことなのだろうか。
アリィになる前に、何か行動を起こさなければ。
そう思い、父を真っ直ぐに見つめる。
「……協力してもいい」
「本当かい? さすが僕のアリィ――」
「ただし、先に貰うもの貰ってからだ」
父の言葉を遮り、言い放つ。
「おぉ〜そう来たか〜。
じゃあ一つヒント。アリィのママは日本にいる」
「……日本」
当たり前のことを言われたようで、
思わず呆れた顔になる。
「そうだよ。アリィのママの母国が日本だからねぇ」
「……なんで今まで隠してた?」
「ん?
ん〜別に隠してた訳では無いよ?聞かれなかったし、遠かったし?
まぁ、色々あるのさ」
子供には分からない、大人の事情がさ――。
そう言って笑う父は、そのまま話を続ける。
「でもさ、これだけの情報じゃ何年かかるか分かんないよ?
ママの元に辿り着くまで」
「……だから、また力を使えって?」
それが、
実の娘に向ける言葉か。
「大丈夫!
透の血を使って研究を進めてるからさ。
今回、目を覚ませたのも透の血のおかげだよ」
……なるほど。
だから私は、また“私”に戻れたのか。
納得すると同時に、
どうしようもない苛立ちが込み上げる。
「じゃ、こうしよう! 次で――」
最後まで読んでくれてありがとうございます!!!
良ければお気に入り登録や感想を貰えると励みになります!誤字脱字報告も助かります!!!




