第21話:重たいミサンガ
最悪だ。
玄関を抜け、高層マンションのホールに足を踏み入れた瞬間、
吐き捨てるように呟く。
「あ〜……イライラする」
理由は分からない。
本当に、分からない。
ただ、胸の奥がざわついている。
エレベーターへ向かおうとして――
そこで、気配に気付いた。
「アリアた〜ん♡」
甘ったるい声。
次の瞬間、背後から腕が回される。
「どこ行ってたのぉ〜?
パパ、心配してたんだよぉ〜」
「……っ」
反射的に、拳を振るう。
「寄るな、クソ親父」
だが。
その拳は、あっさり躱され――
代わりに、頬に気色の悪い感触。
「ん〜♡
今の人格はアリアたんなんだねぇ〜」
頬擦り。
「幼いアリィも可愛いけど、
これはこれでご褒美だなぁ〜」
「……殺すぞ」
「ははっ、物騒だなぁ」
軽々と、力の差を見せつける。
――血の第一人者。
――組織の中枢。
――そして、私の“父親”。
アリアは、無理やり腕を振りほどいた。
視線を向ける。
ホールの端に立つ、女。
「……なんでコイツがここに居る」
エリスは、困ったように視線を逸らす。
「私に言われましても……」
「あぁ、それね〜」
父は、楽しそうに笑った。
「この建物、僕の物だから。
それよりアリアたん、スマホ」
指を立てる。
「電源、切れてたでしょ?
パパ、心配しちゃって飛んできちゃった」
……違う。
分かっている。
私を心配したわけじゃない。
能力。
数値。
異常反応。
それだけだ。
なのに。
胸の奥が、妙に温かくなる。
――嬉しい。
そんな感情が、湧いてくる。
胸の奥に居座る、幼い“アリィ”が囁く。
パパが心配してるよ
謝ってあげて
……うるさい。
アリアは、手首に視線を落とした。
ミサンガ。
妙に、重たい。
桐生蒼真に投げつけた時の、
胸を裂くような痛み。
――こんな感情、
持ち合わせてなかったはずなのに。
本当に、イライラする。
残り僅かな人生。
好きに生きると、決めた。
誰にも、邪魔はさせない。
「離せ、クソ野郎」
「ん〜、お口が悪いなぁ〜」
父は笑う。
「昔はねぇ、
パパ、パパって――」
「……いつの話だよ」
アリアは、低く呟いた。
現実を見ろ。
この男は、
私を大事にしているわけじゃない。
私の“血”が。
私の“能力”が。
それだけが、価値。
今はもう、
制限だらけで、ボロボロなのに。
それでも、需要があるらしい。
思わず、笑ってしまった。
「……で?」
顔を上げる。
「用件は?」
父は、にこりと笑った。
“父親の顔”で。
そして次の瞬間――
完全に、“研究者”の目になる。
「じゃ、本題、話そうか」
その言葉に、
胸の奥が、嫌な音を立てた。




