第8話:限界勇者の買い物とお仕事1
冒険者という仕事のメリットは、依頼を果たせば即金で報酬が出ることだ。
ホヨラの町の組合に溜まっていた膨大な採取仕事。一つ一つは小さな報酬だが、沢山こなせばそれなりの金額になる。
塵も積もれば山となる。その言葉通り、懐が暖かくなった。
「ふむ。今、人間界は紙の金が流通しておるんじゃのう」
「割と最近の話だな。国家が安定して、金融が発達した結果らしい」
女王の横顔が印刷された紙幣を見ながら、エンネが感心している。
この世界でも紙幣が普及したのはここ二十年くらいの話だ。偽造対策に魔法を仕込むことで、ようやく安定して運用されるようになった。
「これならかさばらないし、何なら銀行に預けておくこともできるぞ」
「うむ。これは便利じゃ。魔族界でも……いや、つい考えてしまったのじゃ。よくないのう」
自分の仕事に結びつけてしまうのは職業病だろう。苦笑しながら俺も頷く。
「差し当たって、買い物をしよう」
「うむ! 楽しみじゃ!」
ホヨラの町は都市計画に基づいて作られたおかげで、歩きやすい。田舎とはいえ、規模はそれなりなので人通りも多い。
俺とエンネは比較的手頃な価格帯の店が並ぶ通りを見つけ、生活用品を買い込んでいった。
まずは大きな背負い袋、エンネのための石鹸に櫛に食器類やタオル等を買い込んでいく。
「なんか、ワシのものばかりで申し訳ないのう」
「必要だからいいんだよ。……今更だけど、俺と同居でいいのか?」
実年齢はともかく、エンネの外見は年頃の少女だ。ワンルームに男と同居なんて言語道断だろう。
「今更すぎるわ。他に行く所もない。お主以上に信用できる者もおらん。多少変なことをされても文句も言わんよ」
「変なことってなんだよ……」
「ここで口に出していいのかえ?」
「やめておこう。一応、部屋を区切る衝立みたいのがあった方がいいよな」
本人がいいと言ってもプライバシーは大事だ。風呂やら着替えにうっかり遭遇してしまったら、なんか気まずい。
「それに関しては賛成じゃな。せっかくじゃ、この前切った木を加工して挑戦してみんか?」
それは、いわゆるDIYをするという提案だった。
日曜大工か、ちょっとスローライフっぽいじゃないか。そもそも、この世界の村人の多くは、必要なものはできるだけ自作する。いかにも田舎暮らしっぽくなってきて、いい感じだ。
「いいな。挑戦してみよう。釘を買っておこうか」
「うむ。なんだか楽しみになってきたのう。何より失敗しても被害が出ないのが良いわい」
その通りだと思った。仮に俺達が日曜大工に失敗しても、「難しいなぁ」で終わるだけなのだ。
こんなに気楽なことはない。少しずつ、生活するということを取り戻している気すらしてくる。
「釘もいいけど、エンネの服も買わないとな。中古になるな。あー、あと下着だけど……」
「なんでも構わんよ。ワシは気にせん……いや、下着の中古はちょっと嫌かもしれんな」
そんな所で同意見になりつつ、衣服を買いに古着の店に入る。
ホヨラは布地の染色などでちょっと有名な町でもあるので、販売されている服の種類は多い。
価格は他の町に比べれば安いけれど、そもそも服というものは高価だ。
ようやく産業革命の気配がしてきたこの世界だけど、大規模な工場はまだ存在しない。そのため、服の価格はまだ高い。
冒険者組合で大量の依頼をこなしたとは言え、簡単な採取ばかり。
エンネの服をいい感じで一式揃えるのは厳しかった。
「ワシは気にせんよ。こういうのは、段々と整えていくのが楽しいんじゃ」
「そういうもんかな? でも、最低限のものは買っておこう」
そのうちエンネが手直しする前提で、パジャマ用に大きめのシンプルな上下に新品の下着を買うくらいが限界だった。
何も買えないよりマシかなと思い、古着屋を出ようとしたら、エンネが店の片隅に雑に置かれた商品をじっと見ていた。
「これ、毛布じゃな。古いけど妙に安くなっておる」
薄汚れた茶色の塊は、たしかに毛布だった。使い古しだけど、状態は悪くない。そして安い。他の店で見たときは中古でも諦める金額だった。
「あ、それ見つかっちゃいましたかー。うちで古くなったのを並べたんですよ。で、サービス商品」
見ていた若い店主が嫌な感じで教えてくれた。
「これ、お主用に買っておかんか? なんか流れで布団をとってしまったしの」
そういえば、自分の寝具のことを忘れていた。地面で寝るのに慣れてるから、それほど辛くはないけど、欲しいと言えば欲しい。
「ありがたく買わせて貰おう。掘り出し物だな」
「うむ。こういうのを見つけると嬉しいものじゃのう」
思わぬ収穫に笑顔で二人して店を出る。不思議と楽しい気分だ。
前世も含めて、こんな経験をしたことは殆ど記憶がない。
「後は食料を買って帰ろう。日が暮れる前には家に帰りたい」
「そうじゃな。まあ、ワシら夜だから危険ということもないわけじゃが」
笑いながら話すエンネに、俺も軽く頷く。
それから、残った金で食料を買い込み、大量の荷物を背負って家に帰った。
ただ買い物をしただけなのに、意外なほど楽しいと感じた。俺の心がそういう感情を得られるというのが、少し嬉しかった。
◯◯◯
冒険者として収入を得たことで、生活環境が徐々に改善していた。
極端な話、俺がどこかに「金が欲しい」という手紙でも出せば悠々自適に暮らせるだろう。ミスラート王国なら、領地だってくれるかもしれない。
今はその選択をしなくて良かったと思っている。少しずつ一市民として生活をしていく。それが、俺には合っている。ユーネルマ様のいった「スローライフをしてなさい」という言葉の意味がちょっとわかった気がした。
食事が二度焼きした硬い黒パンから、普通のやや黒めのパンに。スープも新鮮な野菜を使ったもの。塩やハーブも少々取り揃えられ、エンネが嬉しそうに料理を始めた。
朝起きて、畑の雑草を抜くなどの世話をして、冒険者組合に向かう。
そんな仕事を十日ほど続けた。
「二人とも、本当にありがとうね! おかげで採取依頼が大分片付いたわ!」
連日採取依頼をこなしたことで、ネーアさんはとても喜んでいた。
「むしろ、このペースで採取依頼があるのが驚きなんですが」
「次々と出てくるのう……」
「なんか、町の中で需要が増えてるみたいなのよね。森の浅いところなら、孤児院の子達に手伝って貰ったりできるんだけど、それができないのばっかり」
俺とエンネが毎日処理しても、薬草類の依頼は止まらなかった。むしろ、種類が増えていたくらいだ。なにか、病気でも流行しているのかのようだった。通りを歩いた感じ、そんな気配はないけれど。
「よう。景気はどうだい。薬草取り」
後ろから大きな手が俺とエンネの肩を掴んできた。
見上げてみると、大柄で禿頭の男性がこちらを見下ろしていた。
「バリオンさん。帰ってきてたんですか」
彼はバリオン。このホヨラの冒険者組合で最高ランクの二等級の冒険者だ。見た目は怖いが、面倒見がよく。周りにも慕われている。
「まあな。少し休んだら、また依頼だ。……まだ二人でやってるんだな」
「言われた通り、森の奥では気を付けておるよ」
彼は俺達が冒険者をしていることを気持ちよく思っていない。エンネが見た目的に、子供に見えるからだ。ホヨラが田舎とはいえ、他に食べる手段はあるし紹介すると日々言われている。
俺達の事情を説明するわけにはいかないし、理解してもらうのも大変そうなので、「手っ取り早い手段でお金を溜めている」というストーリーで説明してある。あながち嘘でもないし。
「お前ら、適当に稼いだら早く町の中で仕事を見つけるんだぞ。どうも西からの魔物が増えてきてやがる。子供が関わるようなもんじゃねぇ」
ぶっきらぼうにそう言うと、受付のネーアさんに話しかける。
「例の依頼。受けるぜ。他の連中と行ってくる」
「ツインヘッドパイソンですね。ありがとうございます。個体差があるそうですから、お気をつけて」
「ああ、危なそうだったら一度町に戻る」
短く話して依頼書にサインするとバリオンさんは仲間達と冒険者組合を出ていった。
この町で魔物は西から来る。その対処のためにバリオンさん達は多忙であり、採取依頼が溜まっていく。場合によっては、町にいる兵士と協力して魔物退治をすることもあるそうだ。
しかし、ツインヘッドパイソンか。気になるな。
俺はエンネと短く目配せしてから、受付に声をかけた。
「ネーアさん。ツインヘッドパイソンの件、教えてくれませんか?」




