第7話:限界勇者の方針
これからは俺の世話をする。エンネの発言は不可思議なものだった。
なので、ちゃぶ台を挟んでの朝食で意図を聞いてみた。
「そのままの意味じゃよ。お主がここで気ままに暮らせるよう、手伝いをしたいと思ったのじゃ」
「手伝って貰うほど難しいことか?」
気ままに暮らすなんて、その気になれば誰でも出来ることなんじゃないだろうか。
「いや、お主には無理じゃ。少なくとも今は」
「断言されるとはな……。そんなに駄目なのか、俺は」
「うむ。ワシはそう思ったよ」
硬い黒パンをスープに浸しながらエンネがどこか穏やかに話す。
「昨夜、ワシを許すと言った時、お主は笑ってるつもりだったじゃろう?」
「普通に笑ってただろう?」
「あんなに虚しい笑顔をするものを久しぶりに見た」
「…………」
それから野菜のスープに手を付けて、一気飲みするエンネ。
俺は黙っていることしかできない。言い返す術を持たないからだ。
「ワシが魔王を辞めようと決意した時、公園で遊ぶ子供達は心から笑っておった。それを見守る親も同じじゃった。あれと比べると、お主のは顔の筋肉が動いているだけじゃな」
「そう、なのか……?」
まさか、笑い方すら忘れてしまったというのか、俺は。
「それで思ったんじゃよ。あの景色を作れたならワシの百二十年も多少は報われたなと。……しかし、お主は報われておらん」
「報われるか……考えたこともなかったな」
ユーネルマ様も似たようなことを言っていた。そんなにわかりやすく、俺は不幸な感じに見えるのだろうか。
「だから、お主は報われねばならん。死ぬのはそれを見届けてからじゃ」
昨日の悲嘆にくれた様子はどこへやら、何かを割り切った笑顔でエンネはそう言った。
「ところで、口に合わんかの、ワシの作ったものは?」
「いや、そんなことはないぞ」
考えるのに忙しくて、食事を食べるのを忘れていた。慌ててパンとスープを味わう。
「美味いな。このスープ……」
「あるものを煮込んだだけじゃぞ?」
「いや、美味いよ……」
不思議と、エンネの作った朝食はとても美味しく感じられた。
「そうだ。金を稼がなきゃな。エンネは服しか持ってないだろ?」
「ふむ、そうじゃな……」
金策が必要だ。突如同居人が増えたわけで、我が家にはエンネのための生活用品がまったくない。
そのためには金を稼がねばならない。
食事を終えて、エンネにその辺りの話をした。
「ワシ思ったんじゃが。台所にあるミスリル製の包丁でも売れば一財産なんじゃないのかの?」
「それをやるのは、なんか違う気がするんだよな……」
ユーネルマ様が用意してくれた道具を売れば相当な金額になるだろう。しかし、なんというか、やってはいけない気がする。
「神から貰った品を換金するのは座りが悪かろうしなぁ。理解した。しかし、元勇者なんだから財産くらいはないのか? ワシが言うのもなんじゃが」
「ほぼ無いんだよな。旅から旅の生活だったから、高そうなものは全部寄付して慈善事業に回して貰ってたし」
「……お主に資産運用を期待するのは無理そうじゃのう」
「一応、定期的にミスラート王国から年金が入るらしいけど」
「ふむ。面倒を見ようという気はあるんじゃな」
とはいえ手持ちは少ない。女性一人の生活用品を整えるとなると、それなりに金額が必要だろう。
なにより、今俺はちょっとこの状況を楽しみはじめている。
「普通に生活してるって感じで悪くないと思うんだよ。こういうの」
そう伝えると、エンネも納得したようだった。
「わかった。ワシにも手伝わせてくれ。むしろ、金が必要なのはワシじゃからな。で、どうするのじゃ?」
「手っ取り早く、冒険者組合に行こうと思う」
早速向かうべく、俺達は食器の片付けに入った。
◯◯◯
冒険者組合。かつて、世界に魔族と魔物が溢れていた時代は非常に勢いがあった組織だ。
各国がそれぞれ独自に組織と運営を行い、しかも一部で連携していた。
魔王戦時にもこの仕組みは大きく貢献し、治安維持や戦争協力など功績は多岐に渡る。
現在は冒険者組合が存在する国自体が少なくなっている。魔族は殆どおらず、魔物も少なくなったからだ。
治安維持と魔物討伐は国の抱える軍の仕事になり、冒険者という職業が成立しづらくなった。
魔王を倒して百二十年もすれば、社会の有り様も変わる。そんなわかりやすい事例の一つだろう。
ミスラート王国は、冒険者組合が維持されている珍しい国だ。
理由はいくつか挙げられる。人口の割に領土が広く、新興国なため軍が弱いこと。西部に魔物が多いこと。
昔に比べて規模は縮小しているけど、無くなるほどではない。そんな状況である。
戦う力を持つ者で、戦争に関わらずに済むなら冒険者は都合がいい。
そう考えて、ここに来る前に一応登録だけはして貰ってあった。
「ここか……。なんか、でかい郵便の看板がついてるんじゃが」
「一部兼業らしい。年々、仕事が減ってるらしいからな」
ホヨラの町の冒険者組合は大通り沿いにある。これは街自体が魔王戦の後に再建され、都市計画に基づいて作られたおかげだ。当時は冒険者組合全盛期だったから、大通りに大きく作る必要があった。
とはいえそれも百二十年前、木組みの二階建ての建物は、かなり古びていて補修の後が目立つ。
加えて、大きな手紙をモチーフとした看板がかかっている。
冒険者組合を示す、地図と剣をあしらった鉄の看板は隅にあって目立たない。
冒険者組合が縮小しはじめた時、代わりに郵便機能をもたされた。国のあらゆる場所にあるし、相互連絡がしやすいからだ。
平和になって郵便制度が発達する内に、冒険者組合は段々郵便局に姿を変えていった。
それはホヨラの町も同じで、昔は酒場と宿屋を兼ねていたスペースを郵便機能用に改築されていた。
「実は、手紙を出す用件もあるからちょうどいいんだ」
「む。そういえば家で何か書いておったな。誰相手じゃ?」
「ここの女王。最低限、エンネのことを伝えておかなきゃいけないだろ?」
「む……大丈夫なのか、それは?」
物凄く不安そうな顔になった。実際、俺は正直に元魔王軍参謀と出会い、保護している旨を書いてある。
「俺が責任を持って面倒を見る、という体にしてある。何かあったら俺を殺してもいいとも」
「駄目じゃろそれ。何かやらかしたらワシが自分で死ぬわ」
どんよりとした目でこちらを見てきた。どうやら怒っているようだ。
「このくらいの覚悟を書けば通じるだろ?」
「むぅ……。わかった。お主の判断を信じる。あと、自分の命を軽はずみにかけるな」
「納得いかない説教だな……」
何故か怒られつつ、俺は冒険者組合の扉を開く。
向こう側には、冒険者達が待っているはずだ。
「…………あれ?」
扉を開けたら、閑散としていた。上とか右とか別の部屋からは賑やかな音が聞こえてくる。多分、郵便局の方だろう。
「いらっしゃいませー。冒険者組合にようこそー」
声のした方を見ると、小さなカウンターの向こうから、女性がやる気のなさそうに声をかけてきた。
「ちゃんと機能しとるんか? この組合」
エンネの小声の呟きに、俺は何も言えなかった。
「すみません。郵便と依頼をお願いしたいんですけど」
「チッ……郵便ならそっちの窓口……今、依頼って言った?」
ちょっと疲れた感じの受付のお姉さんは、一瞬凄い顔をした後に俺を見た。
「はい。一応、この国の冒険者に登録してるんで」
言いつつ、懐から一枚の金属製のカードを取り出す。ミスラート王国の冒険者証。魔法による加工済みで、丈夫だし劣化しにくい。
「ほ、ほあぁ! ひ、久しぶりの新人さん! ありがとう、来てくれて。あ、その前に郵便を出すならあっちの窓口にお願いね」
当初と打って変わってフレンドリーになったお姉さんの案内に従って、とりあえず手紙を出した。
十分後、俺達は冒険者組合の受付に戻ってきた。「これを使えば確実に王城に届く」と渡された封筒を使ったら、ちょっと騒ぎになってしまった。
「改めまして。私はネーア。ただの受付よ。そしてあなたはクウト君……伝説の勇者様と同じ名前ね!」
「ちょっと恥ずかしいですかね?」
「何言ってるの、いっぱいいるわよ、勇者様の名前にあやかろうって人なんて。等級は五等。まあまあ経験はあるってところね?」
「はい。それなりのことはできます」
「…………」
横でエンネがじっと見ているけど、俺は気にしない。冒険者登録をするにあたって、目立ちすぎないように配慮してくれた結果だ。そもそも「本物の勇者です」といって挨拶されたら困るだろう。俺としても悪目立ちはしたくない。
「五等だと、この辺の依頼がおすすめよ!」
そう言って、ネーアさんは凄まじい量の書類を机の上に置いた。
「……どういうことじゃ、これは。薬草とかの採取依頼ばかりのようじゃが」
エンネがびっくりしながら書類を見ている。横から覗き込むとそのとおり、西の森で薬草やキノコなどを採ってくる依頼だらけだ。
「うちの組合、冒険者が少ないの。それで、急ぎの討伐依頼なんかに駆り出されててね……」
「それで、採取依頼がこんなに……」
「お願い! 組合を助けると思って受けてちょうだい! うち、人が少ないくせにちゃんと依頼は来る組合だから!」
「わかりました。全部受けます」
「え?」
とりあえず、書類を全部もらった。
それから横のエンデを指差してネーアさんに聞く。
「彼女はまだ見習いでして、助手ってことでいいでしょうか?」
「い、いいけど。全部? 何日もかかるわよ?」
「二人がかりでやるんで大丈夫ですよ」
「…………」
隣のエンネもコクリと頷いた。
ホヨラの町の西に広がる大森林。
そこに、依頼を受けた俺とエンネの声が響き渡る。
「ふんふんふんふんふんふん!」
「ほいほいほいほいほいほい!」
元勇者と元魔王、その力と知識を駆使して、四十八時間連続労働。
これだけで、採取依頼は全て完遂された。エンネが植物に詳しかったおかげで早かった。
「とんでもない子達が来たわね……」
ネーアさんは大量の採取品を見て、驚愕しながらそんなことを呟いていた。
当面の資金を確保したので、次は買い物だな。




