第5話:限界勇者と同居生活のはじまり
元魔王エンネを拾った翌日、俺は彼女と家の倉庫を確認していた。
「なるほど。本当に一通り揃っておるようじゃな」
「何とかなりそうか?」
「わからん。じゃが、これらは女神の用意した農作物の種じゃ。何とかなるんじゃないかのう」
流れ的に彼女を家に置いておかないわけにはいかない。
ミスラート王国の中枢には、事の次第を書いた手紙を送り、俺が責任を持って監視する旨を伝えておくべきだろう。
「普通の野菜じゃない可能性もあるわけか……」
「運命の女神がお前さんのスローライフとやらのため一通り整えたと言ったのじゃろう。ならば、そのくらいは想定するべきじゃな」
それぞれの状況を伝え、今の俺はここでのんびり暮らすために試行錯誤を初めたばかり。
それを理解したエンネは、迷わず乗っかることにしたようだ。
「そうか。俺はそういう風に考えるのは苦手だからな」
「ま、全部想像じゃがな。あんまり頼りにされても困るがのう」
言いながら、斧を手にとって「これ、ミスリル製じゃのう」などと驚いている。
エンネは俺よりも豊富な知識を持っている。デスクワーク中心で経験があるわけじゃないと言っているが、魔王として指示したり報告で上がってきた物事をしっかりと記憶している。
農業や一般生活、レジャーなどについて、間接的に知識があるということだ。
ずっと戦っていた俺にとっては有り難い相談相手である。
「種を見ただけではわからぬが、一つ確実なことがあるのう。お前さんが耕した面積に対して、圧倒的に在庫が少ない」
「そ、そうなのか。頑張ったからな」
朝起きて、家の外を見たエンネは驚いていた。見える範囲全部俺が耕してあるからだ。
「畑を作ったとは言っておったが、想像を超えておった。大農園でも開くつもりか?」
「いや。そんなつもりはない」
大農園とか大変そうだ。今度は農業で働き続けることになってしまう。
エンネは木箱に入っていたジャガイモらしい種芋を掴みながら言う。
「まずは、ここにある分を撒くとするのじゃ」
とりあえず、そういうことになった。
◯◯◯
畑への植え付けはすぐに終わった。
撒いたのはジャガイモ、レタス、トマト、キュウリ、トウモロコシなど。よく見たら小さく日本語で書かれていた、俺にとっては親しみのある作物たちだ。一応、こちらの世界にあるものでもある。
「耕した畑、殆ど使わなかったな」
「推測じゃが。スローライフとは収入として食べていく規模の農業はやるべきではないのではないかのう?」
エンネの言葉は説得力があるものだった。農業は大変な労働だ。収穫は天候に大きく左右されるし、畑が広ければ労働の密度は当然のように高まる。少なくとも、スローライフじゃない。
戦いの日々が終わったら、今度は作物を育てる日々になる。それはあまり望ましくない。
「まだ日が高いのう。他になんぞすることはあるかえ?」
「あるにはあるが……。ちょっと重労働なんだよな」
すぐにやるべき仕事が一つある。しかし、一応とはいえ女性のエンネに手伝わせるのは気が咎めた。
「ハッ。なにを遠慮しとるんじゃ。ワシは居候じゃが元魔王じゃぞ。元勇者とはいえ人間如きに遅れをとらぬわ!」
「しかしだな……」
「安心せい! こちとら久しぶりに体を動かせて調子が良いんじゃ! お前さんをびっくりさせてやるわい!」
笑顔で言い切られると、俺としては断る理由はない。
「そうか。じゃあ、西の森の伐採をやろう」
「おう! 任せておけ!」
俺は斧、エンネは鋸を持って、西に向かった。
我が家の西は森に近い。というより、手入れできなくて放置された森が西側にある。
歩いて数歩で森というのはもはや隣接していて、魔物や害獣などの危険がある。
伐採が必要だ。元々、今日はこの作業をする予定だった。
「俺が斧で木を切り倒すから、鋸で枝を落として丸太にしてくれ」
「構わんが、魔法を使ってはいかんか?」
そう言うとエンネが手の平に魔力を集め始めた。噂によると、魔王軍参謀はその魔法の力でのし上がったと聞いた。出世した先が後方での事務仕事だったので、目にする機会はなかったが、信用には値するだろう。
「やりたいようにやってくれ。安全にな」
「うむ。お前さんもな」
こうして、森の伐採が始まった。
「ふんふんふんふんふんふん!」
「ほいほいほいほいほいほい!」
俺が斧で切り倒し、エンネが魔法で枝を落とす。
「ふんふんふんふんふんふん!」
「ほいほいほいほいほいほい!」
ある程度丸太が出来たら、伐採してできた広場にまとめる。将来木材にするため天日干しだ。
「ふんふんふんふんふんふん!」
「ほいほいほいほいほいほい!」
途中から二人がかりで切り株の処理もするようになった。
力技で叩き割ってから引っ張り上げる。エンネの魔法で地面から強引に引きずり出した。
更に倉庫から鎌も持ってきて草刈りも行う!
「ふんふんふんふんふんふん!」
「ほいほいほいほいほいほい!」
一連の作業は七十二時間連続で続いた。
おかげで家の西側にあった森はかなりの範囲が綺麗な広場となった。
「……ちょっと疲れたな」
「ゼェッ……ハァッ……ちょっと?」
不気味な生き物を見るみたいな感じで、エンネがこちらを見ていた。
「途中で休んでも良かったんだぞ?」
「くっ……まさかワシと同じく連続労働できるとはな。認めよう、体力はお前さんが上じゃ」
どこか爽やかな表情でエンネが語る。
「じゃ、家に帰って風呂に入ってメシだな。……どうした?」
何故か、エンネが俺から遠めの距離をとっている。
「いや、ワシ三日間動きっぱなしじゃろ。汗臭いし汚れておるし……」
僅かに頬を赤く染めながら、そんなことを言い出した。
「動けば汗をかくし、汚れるのも当然だろう?」
「それはそうなんじゃが……。まさか、本気で言っておるのか?」
結局、微妙な距離を保ったまま、俺達は家に帰った。
二人がかりだと仕事が捗る。久しぶりの誰かとの共同作業が、俺には少し嬉しかった。




