第4話:限界勇者と限界魔王
この世界の作りについて、少しだけ話そうと思う。
俺が転生して来た頃、世界は二つだった。
神々の住まう天界。その他の住む地上界。位置的には天界の下に地上界がある。ただし移動は非常に難しい。そんな関係性だった。
当時の地上界は政情が不安定だった。人間、エルフ、ドワーフ、その他種族に加え、魔族と魔物がひしめきあっていた。
問題は、魔族の勢力が急拡大したことだ。元々、種族的に強力な彼らが生活圏を広げた人間達とぶつかってしまった。
そしてある日、魔族の長は『魔王』を名乗り、人間達の国家へと侵攻をはじめた。国内で魔物が増えすぎたとか、向こうなりに事情があったらしい。
それから十年かけて、俺は仲間達と魔王を倒した。
その際に、運命の女神ユーネルマから賜った神剣ルオンノータによって、新たな世界を作り出した。
それが魔族界。地上界は人間界と呼び名を変え、第三の世界がその下に作られた。
魔族界は魔族の世界だ。
種族として特殊だし、強力すぎるので将来また人間達とぶつかり合う。
そう判断した神々によって移住先として用意された。
その後、多くの魔族と知恵ある魔物は魔族界へと移住、地上界は以前よりずっと安定した。
これにより、地上界は人間界と呼ばれるようになった。魔王との戦いの後、人もエルフもドワーフも等しく人間族としてくくられるようになった。「人間」を総称とする種族の住まう場所という意味だそうだ。
上から「天界」「人間界」「魔族界」と並ぶこの世界を、俺は「重箱世界」と呼んでいる。
重箱世界を移動できるのは天界の神々のみ。例外は神剣ルオンノータを持つ勇者だけ。
そのはずなのに、目の前にいないはずの魔族がいる。
膨大な魔力と共に現れ、枯れた泉の中で眠る娘。
銀髪の隙間からは小さな角が見える。
間違いない、魔王軍の参謀だった魔族だ。名前は知らない。ずっと後方にいて戦うこともなかったので。
「…………」
どう考えても訳ありだ。この場合、最も適切に対処できるのは誰だろうか。
……自分かもしれない。
一応、重箱世界についての知識が豊富で、魔族について詳しい。なんなら神様だって頼れる。
「ようやくスローライフを始めたばっかりだってのに……」
面倒な事案を抱え込んでしまった。しかし、無視するわけにもいかない。
俺は参謀を背負い、その場を後にした。
◯◯◯
とりあえず、布団を敷いて寝かせてみた。
魔王軍参謀は背負っている間も目覚めずに、気持ちよさそうに眠っている。
申し訳ないけど、ローブを脱がせて危険な持ち物がないか確認させてもらった。
結果、確認できる範囲では着の身着のまま、路銀すらないことがわかった。見た目は子供みたいな女の子の全身を調べた件について、若干の申し訳なさは残ったけど。
下に着てる服、背中が開いていて薄めの褐色の肌が見えた時は何故か焦ったよ……。
いや、相手は魔王軍の参謀だ。むしろ俺の対応は穏便ではないだろうか。
こいつは前線に出てこない、完全なる裏方だった。魔王軍を影から支え、時には俺達の作戦を見破って逆襲すらされた。
実際のところ、こいつのおかげで死にかけたのは一度や二度ではないはずである。
「ん……うん……」
考え込んでいると、参謀が目を開いた。髪色とは対象的な金色の瞳が現れる。
「む……ここは……人間界……か?」
「そうだ。何しにきた」
「むおおお! お主は勇者クウト! なぜワシを! いや、どういう状況じゃ!」
声をかけたら跳ね起きて臨戦態勢に入った。両手に魔力を集中させている。早さも密度も桁違いだ。あれに短い詠唱をかけたら、並の魔法使いなんか比較にならない攻撃が飛び出してくる。
「落ち着け。ここは俺の家だ。場所はミスラート王国西部。森の中で異常な魔力を察知して、調べに行ったらお前を保護した」
両手をあげてこちらに害意がないことを示しつつ話す。
「む……ううむ……。つまり、お主がワシを保護してくれたというわけじゃな……」
参謀は魔法の準備を解除し、ゆっくりと布団の上に座り込んだ。
「そうなる。それで、何をしにきた。魔族は魔族界で平和に暮らしていけるようになったはずだろう?」
魔王の引き起こした戦争の原因は主に領土問題でもあった。ならばいっそのこと、魔族ごと新しい世界に引っ越してもらう、それで納得してもらったはずだ。
魔族界というと響きが物騒だけど、あちらも人間界に近い環境のはずだ。敵がいない分、快適まである。
「……のじゃ」
長く思案した上で、参謀はぼそりと呟いた。俺の耳でも聞き取れない小声で。
「聞こえなかったんだが?」
「疲れたのじゃよ……。魔族界に移り百二十年、二代目魔王の位につき、ひたすら魔族たちを率いた。町を築き、畑を耕すよう指示を出し、教育を施し、豊かにした。……ただ一日の休みもなくのう」
方向性は違うが、どこかで聞いたような話が始まった。
「つまり、百二十年間、年中無休で働いて疲れ果てたから人間界に来たと?」
「そうじゃ」
なんだか、他人とは思えなくなってきたな。
「お主にわかるか? 一日の休みもなく、ひたすら働き続ける辛さが。なまじ頑強なためにいつしか慣れて、働くのが常態化している異常性に気づくことすらできんのじゃ」
「よくわかる」
「えっ……」
同意したら沈黙した。目の端に涙を溜めて語った事情には大変同情できる。
「なにか、きっかけがあって気づいたんだろう。年中無休で百年以上働くのはおかしい、と」
「うむ……。周りが育ってきたのに全然楽にならなくての。それでいて、働くのが当たり前の機械みたいな扱いになっておったのじゃよ。そんな中、久しぶりに外に出て、公園で食事をしておったら、楽しそうに遊ぶ子供達とそれを見守る親が目に入ってのう……」
どうやら、俺とは違う方向性で自分の限界に気付いたようだ。彼女の心境はわからないが、なにかに気づいてしまったのだろう。
「ワシ、何やってるんじゃろうな……と思ってしまったのじゃよ。それで、大急ぎで引き継ぎをして、強引に辞めた。扱いも悪い気がしたしの」
「聞けば聞くほど、わかる話だ」
「お前さんに何があったんじゃ……」
せっかくなので、簡潔に俺のこれまでの事情を話してみた。
「まさか、勇者がワシより酷い境遇に陥っていたとは……」
「いや、ずっと事務仕事の最高責任者も相当だと思うが」
「世界を救った後も、各地を渡り歩いて昼も夜もなく戦い続けるとかひどすぎじゃろう。功労者じゃろうが、お主は!」
なんか、物凄く怒ってくれている。ユーネルマ様と同じくらい、俺の扱いに不満を覚えている。
まさか、魔王にすら同情される境遇だったのか、俺は? 深く考えると怖いな。
「それで、これからどうするつもりなんだ。元参謀」
「エンネじゃ。以前は前線にでなかったから、名乗る機会すらなかったのう」
軽く笑みを浮かべたエンネは、銀髪を軽く整えてから、ゆっくりと頭を下げる。
「すまんが。しばらく置いてくれんか? 辞めた勢いで強引に界渡りをしたもんで、無一文なんじゃ」
二代目魔王エンネはかなり衝動的な行動に出たようだった。
いや、俺も計画性はなかったし、似たようなものか。
「少し、話をしよう」
それから俺は、現状について軽く説明をした。
しばらく、彼女にもスローライフに付き合って貰うとしよう。
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