第29話:限界勇者と国外出張
「話がまとまったとはいえ、今から出発するとは思いませんでしたわ」
家の外で準備を整えた俺とエンネを見て、フィラーシャが驚き混じりでそう言ってきた。
「こういうのは早いほうがいい。方角はわかるし。地図も貰ったからな」
「うむ。二人でとっとと片付けてしまうのじゃ」
目的地は遥か東、デルタン王国の北部農村地帯。フィラーシャが詳細な地図を用意してくれていたおかげで、場所はしっかり把握できた。
夜間飛行は危険だけど、ゲイルの命に関わるというなら早いほうがいい。俺とエンネはすぐに荷物をまとめに入った。
「マイサのこと、本当に頼んでいいのか?」
「それは勿論。光の神の神殿で責任を持ってお預かり致します。なんでしたら、運命神の神殿にも話を通しますよ」
俺達二人が不在の間、マイサの面倒はフィラーシャが見てくれることになった。光の神の神殿で準備してあるらしい。もともと、俺が断るとは思っていなかったようだ。
「じゃあ、マイサ。出来るだけ早く帰ってくるよ」
「早ければ数日で片付くはずじゃ」
「うん。二人とも気をつけて。……ちゃんと帰ってきてね」
突然の出張に不安そうなマイサには申し訳ない。出来るだけ早く片付けてこなければ。
「大丈夫。ちゃんと帰ってくるよ。俺はその約束だけは破ったことはないんだ」
「それで百二十年働かされていたからのう」
毎回きっちり帰ってたから次の仕事が振られていた。そういう考え方もあるのか。
「クウト様、これをお持ちください」
そういいながらフィラーシャが手渡してきたのは細長い布に包まれた物体だった。
手に持つとずしりと手応えがある。この重さ、妙に手に馴染む。
布を解いていくと現れたのは一本の長剣だった。鞘から抜いて、状態を確かめる。柄は銀で刀身は黒。各所に魔法の文字が刻み込まれている。
「綺麗に保管しててくれたんだな……」
「無銘の魔法剣、貴方がルオンノータを握る直前まで使っていた剣です。ようやく、お返しできましたね」
魔王戦の際、俺は何度も武器を乗り換えた。次第に強くなる敵に対して、より強い剣を求めた。そうして辿り着いたのが人間が産み出した新しいミスリル合金で作られたこの剣だ。
人間が産み出した新素材をドワーフが鍛え、エルフが魔法で強化した剣。
剣に名前を付ける前に、関係者が亡くなってしまったため、今でも無銘だ。
久しぶりに握ったが、感覚は驚くほど当時のまま。
「これ、本当に使ってもいいの?」
「元の持ち主に返しただけですから。我が家がこっそり回収して隠していたのですよ」
なるほど。最後の戦いのどさくさでそんなことをしていたのか。先祖も抜け目ない神官だったもんな。
「そうじゃ、出かける前に聞いておく。フィラーシャとやら、何故こんなことをする? お主に益が無いように思えるんじゃが」
たしかに、ゲイルは家を追われた敗北者だ。神官として権力を求めるフィラーシャからすれば、関わらない方が良いくらいの相手ともいえる。
疑問に対してフィラーシャはこともなげに答える。
「馬鹿な男二人の面倒を見るのが、私の仕事ですから。本当、私だけ除け者にするのは良くないですよね」
それから、笑みを浮かべて付け加える。
「あ、もちろん、お二人がこの事件を解決してくれれば、こっそり出世に利用するのも忘れませんよ」
慌てた様子で、そんな理由まで教えてくれた。国外の事件を間接的に解決しても、評価にはならないだろう。俺とエンネのことだって話せない。
彼女もまた、仲間達の子孫だったということだ。
「できれば勇者会議とは別の形で話したいな」
「それはもう、機会があれば是非」
そういうフィラーシャの笑顔は本心から出たもののように見えた。
「では、行くとするかのう!」
「お手柔らかに頼む」
話は終わったとばかりに、エンネが俺の後ろに立つ。このまま抱えられて射出だ。正直、こんなに早く二度目が来るとは思わなかった。
「二人とも、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「行ってくるのじゃ」
家族に言葉を告げて、俺とエンネは夜空に向かって飛び立った。
◯◯◯
エンネの飛行魔法はあまり早くない。無理矢理飛んでるので上下するし、実質”落下しない”だけなので快適とも言えない。
そんな空の旅を夜通し続けて、デルタン王国に到着した。
フィラーシャに貰った地図があるとはいえ、現地を見つけるのには時間がかかる。
そう思っていたけど、目的地にはすぐ到着できた。
デルタン王国と思われる地域に入り、北に進路をとって一時間もしないうちに立ち上る煙と瓦礫になった町が見えたからだ。
少し離れた場所に着地。現地の情報を得るべく町に入る。
「これは酷いな……」
「魔物の実験をして反乱とは言っておったが何をしたんじゃ?」
城壁に囲まれた、ホヨラよりも大分小さな町。そこが半壊していた。街の大通りに沿って巨大な何かが暴れたようだった。崩れて滅茶苦茶になった建物、地面に点在する血や爪の跡。どれも久しぶりに見るけど、気分の良いものじゃない。
「中型から大型の魔物かな? 魔法を使った形跡もある」
「大分片付いておるから何もわからんな」
二人でしばらく観察したけど、これといった発見はなかった。
「人のいるところを探そうか」
「そうじゃな。避難所くらいあるじゃろう」
そう決めて街の中を歩くと、催しなどに使うであろう広場に人が集まっていた。ただ、あったのは避難所ではなく救護所だ。
各所に天幕が張られ、それでも足りないらしく即席のテントまで作られている。傷ついた人々が座り込み。そこかしこに行き場を失った人々が寄り添っていた。
人々の隙間を領主の関係者と思われる人が忙しそうに行き交っている。見回していると、血が滲む包帯を巻いた子供が目に入った。この規模の町の神殿だと回復魔法を使える神官もいないだろう。
「エンネ、別行動で情報を集めよう」
「承知した。ワシもできることをやっておくのじゃ」
短いやり取りで、俺達は別行動に入る。まず、さっき目があった子供の所にいく。
「大丈夫? まだ痛むよね」
「……うん。お母さんも痛いから我慢する」
そう語る子供の横では、明らかに重症の女性が横になっていた。衛生面も良くない。汚れた場所での最低限の治療が精一杯なようだ。
「お兄さんは運命神の神官なんだ。お母さんと君に魔法を使ってもいいかな?」
「ほんと! お母さん治るの!」
「運命を司る女神よ……傷を癒やす奇跡をもたらしたまえ。従僕の祈りに応え、あるべき形を……」
子供の母親に手をかざし、治癒の神聖魔法を使う。女性が温かな光に包まれる。
「あれ? 私、治ってる?」
数分後、痛々しい姿をしていた母親が起き上がった。血まみれの包帯の下は元通りのはずだ。
「お母さん! お母さん!」
自分の痛みも構わず、子供が抱きつく。母親は、涙を浮かべて俺を見る。
「どなたか知りませんが。なんとお礼を言えばいいか……」
「ただの旅の神官です。さ、次はお子さんの番ですよ。それと、ここでの治療を担当している所はどこでしょうか? できる限り、癒しの魔法を使いたいと思います」
様子を見て集まってきた人々にそう伝える。今は非常時だ。対価なしでも運命神ユーネルマ様は許してくれる。いや、対価はあるな。俺達の一番欲しいもの、情報が得られる。
「できれば、何があったかも教えて頂けると助かります」
この辺りを治めていたのは、パンドという領主らしい。大分昔に王家に歯向かい、所領を小さくされたことを執念深く恨み続けていたそうだ。周りから見ると家ごと潰されないだけ大分温情のある措置だったようだけど、どうも本人的には納得いかなかったらしい。
パンドは小さな領地を経営しつつ、魔物の研究をしていたとのこと。怪しい魔法使いの出入りがあったとかどうとか、この辺は噂の域を出ない。
大事なのは、パンドの研究が完成して、行動に移してしまったことだ。
突如、領主の屋敷から巨大な魔物が出現。周辺の村や町を襲いながら王都に向かって進んだとのこと。
俺達が来たのはその通り道の一つというわけだ。
以上が、臨時の治療所を設けて神聖魔法を使いまくって得た情報だった。怪我人や病人は重症者から順番に治療した。小さな町だから、怪我人の数も多くならない。じゃんじゃん治療させて貰った。きっと運命神の信者も増えてユーネルマ様も喜ぶだろう。
エンネの方はというと、その魔法と家事能力を生かして避難所を整備していた。
魔法で大量の水とお湯を用意して綺麗にしてやり、炊き出しに手間取っているところを手伝ったり。ちょうど手が足りないところを見つけるのが上手い。
普段忘れがちだけど、魔法使いは少ない。ちょっとした手伝いでも役立てることは多い。
「まさか、クリエイト・ホット・ウォーターを使えるようになっているとは……」
「ふふん。練習したんじゃよ。まだ、熱湯と適温しかできんがの」
数時間で、エンネは簡単な公衆浴場を作り上げていた。鍋やら桶やら、大きな入れ物にお湯を入れて体を拭く程度のもので、一応目隠しもある。
この世界の人も毎日入浴するほどじゃないけど、体を拭くくらいはする。小綺麗になるのは気分的な問題だけでなく、衛生面での意味も大きい。
「ついでにさっきは魔法で洗濯も手伝ってしまったわい。そのうち、生活に使える便利魔法でもまとめるかのう」
「家事用の魔法か。俺にも教えてほしいな」
結局、日が落ちて夜になるまで手を貸してしまった。俺達は廃墟の片隅、人のいないところで休憩させてもらっている。夕食にはポリッジ、大麦の粥が用意されていた。味はともかく、避難所の人々には行き渡るだけの備蓄はあるようだ。
「さて、これからどうする?」
「今、魔物はどうなってるか調べて貰ってる。意外としっかりした国だよ、ここは」
どうも最近代替わりした王様が有能らしい。素早く避難所開設や、連絡体制を整えたようだ。治療をしながら役人さんに魔物が今どうなってるか聞いたら、すぐに確認すると言ってくれた。
「こちらにいらっしゃいましたか。魔法使い様も一緒でしたか」
「ええ、ちょっと休憩させて貰っていました」
「のじゃ」
声をかけてきたのは役人さんだった。息を切らしている。大分探させてしまったようだ。
「魔物の現在地がわかりました。ここから北の森近くに追い詰めたようです。今日にも総掛かりで動いていたようです」
「……凄いですね。倒す算段がついたんですか?」
聞いた感じだと、小国の戦力だと厳しいくらいの相手に思えた。この前戦ったドラゴン・ゾンビくらいの強さがあると小さな国は傾きかねない。倒せても経済的に立ち直れなかったりもする。
「なんでも、傭兵として雇った中に、凄腕の剣士がいたとかで。追い詰めることに成功したようです」
間違いない。ゲイルの仕業だ。あいつは政治はともかく剣の腕は抜群だった。子供の頃、先祖にそこも似ていると何度も伝えたことがある。
「ありがとうございます。そちらにも怪我人が出そうですね」
「北に向かうのですね。できれば、お引き止めしたいのですが……」
このまま復興や治療を手伝って欲しいという本音をどうにか抑えている様子だ。この国の役人はレベルが高い。普通ならもっと袖の下を要求したり逃げ出していてもおかしくないだろうに。
「戦いが続いているなら、俺達の魔法が役立つこともあるでしょうから」
そう言うと、役人さんは納得したらしく、引き下がってくれた。
「行くか?」
役人さんが去っていくのを見届けて、エンネが聞いた。
俺は頷く。そこに迷う余地はない。
「ああ、すぐ向かおう。ちょっと心配だ」
避難所の人達には悪いけど、別れも告げずに俺達はすぐ出発した。
フィラーシャの受けた神託が当たるなら、ゲイルが魔物と戦っているのは非常にまずい事態だ。急ぐ必要がある。




