第26話:限界勇者と跡地の仕事
まとまったお金が入った。銀行に行って口座の確認をしたら驚いた。水路建設の分の報酬が振り込まれていた。
規模が公共事業なもので、金額が凄い。一人なら何もしないで五年は余裕で暮らせそうだった。
更に、これに加えて先日のブラックドラゴン・ゾンビ退治の報酬も貰えることになっている。調査隊が調べた後になるので、結構先のことになるだろう。
懐の心配をしないで良くなった我が家は、さっそく買い物に出ることにした。
目的は家具だ。家が広くなったものの、家具に関しては俺が一人で住み始めた当初とそれほど変わらない。
家が大きくなり、軍資金も増えた今こそ、しっかり家の中を整えるべき。
家族会議でそう決まったのだった。
「いよいよ、リビングと寝室を分ける時が来たのう」
「家が広がってもリビングでご飯食べてから寝てたもんね」
ユーネルマ様が増改築してくれた時、リビングも少し広くなった。おかげで三人なら十分そこだけで暮らせてしまっていたのだ。
「意外と来客もあるかもしれないからね。寝室はわけないと」
「テーブルと椅子もあった方が良いじゃろうのう。ワシ、あの低いテーブルの周りに座ってるの好きなんじゃが」
「ボクも。なんか落ち着くよね」
意外にもエンネ達はちゃぶ台が気に入っているようだった。俺も、三人で食卓を囲んでいる感じは嫌いではないな。
「あれはそのまま残そうか。でも、来客の準備はしておこう。少なくとも、ユーネルマ様が来る」
「……夏の収穫の時期に来るといっておったな」
「いいのかな。そんな気軽に神様と会って」
本当はあんまり良くない。少なくとも、他の神は滅多に現界することはない。これはユーネルマ様の運命神という属性も関係してるんだろう。俺が転生する以前の話でも、割と人の前にお告げをする話なんかがある。
その割に、信者が割と少ないのは司っているのが運命というのもあり、物凄く派手な逸話が少ないからだろうな。……いや、魔王を倒す勇者を祝福したな、そういえば。なんで信者が増えてないんだ。
「どうしたんじゃ、難しい顔をして」
「運命神の求心力について検討してたんだ」
今度会ったら相談してみよう。お世話になってるから信徒が増えてて欲しい。
「急に信徒らしいことを言い出しおって。今は買い物じゃぞ」
「とりあえず寝具は更新したいな。なんなら冬にも備えたい。マイサに必要なものはないかな?」
「あ、あのボクはそんなに……」
「遠慮をするでない。そうでないなら、ワシが必要じゃと思ったもの全部買うぞい。まず、ベッドじゃろ、収納じゃろ、本棚じゃろ。姿見も良いのう。台所用品も増やしたいの。あと、新しい服も見たいのじゃ」
自身の欲望と生活感がにじみ出た候補が次々と出てくる。贅沢品が出てこないのが、エンネらしいとも言える。
「エンネって、元魔王なのに質素な感じだよな」
「なんにもない土地を耕す所から始まったんじゃぞ。豪華な生活なんぞ身につかんわ」
遠い目をして語りだした。大分苦労したんだろうな。
「じゃあ、マイサのことで悩んだら一番高いものにしよう」
「うむ。それが良かろう」
「ボ、ボク、ちゃんと選ぶよ!」
そんな風に方針を話しつつ、まずは大物、家具の店に入る。町の中では大体ジャンルごとに店が並ぶ。今日はホヨラの町を駆け巡ることになるだろう。
そこからは一日買い物だった。まずは家具。ドワーフ製だという触れ込みのいい目のテーブルと椅子にした。ソファを並べて応接風にする案も出たけど、部屋の半分が埋まりそうなのでやめておいた。
そもそも、屋敷ではなく一般住宅。やや日本風の建物だ。貴族の屋敷のような家具類は似合わないし設置する余裕もない。
ダイニングテーブル、クッション、寝室用のベッドなど一式。収納等々。無難かつ良さそうなものを次々に購入していく。ちなみに物の最終判断はエンネにお願いした。俺とマイサは「やすそう」「ふつう」「たかそう」の三種類しか判断基準を持っていなかったためだ。これも、ずっと戦い続けて来た影響だろうな。宿だって高い所には行かなかったし、殆ど野宿だったし。
「さて、一通りは買い終わったかな」
「うむ。新しい服やら靴やら買えたのは良かったのう」
「ボクのものばっかりになっちゃってけど、良かったの?」
「子供の服はどんどんサイズが変わるからね。気にしないよ」
家具類の後は、いつもの通りで服を買った。マイサの体が若干大きくなりつつあるからだ。栄養状態が良くなって急激に大きくなっているのかもしれない、とはエンネの談である。魔族はたまにそういうことがあるらしい。
「秋とか冬になったら色々買わなきゃいけないなぁ」
「まだ夏が始まったばかりなのに、そんなこと気にしてるの?」
「住み始めて一年もたっていないんじゃ。色々必要なものは多いものじゃよ」
それもそうだ。秋は収穫、冬は農業ができないからのんびりできそうだ。
先のことが楽しみだなんて、いつ以来だろうか。
「家具は明日以降届くらしいし、俺はちょっと行ってくるよ」
「うむ。気を付けてな」
二人が持つ荷物が少ないのを確認してから、俺はそう口にした。
実は今日の夜、一つだけ依頼を受けている。夜にしか解決できないものだ。
「夜しか出来ない仕事なんてのもあるんだね」
「俺も最初驚いたよ」
「こればかりはワシにも手伝えん。夕飯作って風呂沸かしておくので、早めにな」
「うん。行ってくるよ」
俺は二人に軽く手を振ってから、反対方向に歩き出した。
向かう場所は南東にある。
◯◯◯
ホヨラの南東には大きな川が流れている。非常に水質が良く、これを使って染め物などが行われている。
川沿いには街道が敷かれ、村や町が道中に作られている。水のある所に人は住み着く。これは地球と変わらない。
この川の周りは緑豊かであり、人や物の行き来の要衝でもある。
そこには当然、過去の遺産も残っている。
俺が受けたのは、それに関する依頼だった。
百年以上前に作られた、崩れかけた砦。かつて、街道を監視するために機能していたという設備だ。
もう使われなくなって久しく、年季の入った廃虚と化している。
人の行き来が増えた昨今、野盗が住み着いたりしないように一度綺麗にしてしまおうという話があがった。
珍しい話でもない。歴史的に価値のある建築でもないので、遅すぎるくらいの対応だ。
しかし、作業は行えなかった。
夜になると、亡霊が現れるからである。アンデッドの現れる場所で工事はできない。
この依頼は、運命神の神殿から受けている。浄化の仕事は、冒険者ではなく神官の役割だ。
「やっぱり、ここだったか……」
不思議な感慨と共に、俺は廃墟に足を踏み入れていた。
もう、土台と僅かな石壁を残すばかりの砦跡地。その片隅に、石の柱がいくつか立ち並んでいる。
これは最早、誰も手入れすることすらない、墓標だ。
俺はその中にゆっくりと足を踏み入れる。
月明かりの下、薄暗いはずの周囲がほんのりと明るくなる。
周りに少しずつ、淡く輝く、人型が現れたためだ。
ゴースト。無念を残した人間や魔族がなるアンデッド。その生態は様々で、悪さをするものもいれば、こうしてただ漂うものもいる。
「みなさん。お久しぶりです。クウトです」
ここは、俺が最初に剣をとって戦った場所だ。村を滅ぼされ、親友と選択の余地もなく、戦った場所。あのときは、怒りと絶望から剣を取った気がする。もう、その時の思い出は擦り切れてしまって、わからなくなってしまったけど。
「あれから、大分時間がたちました。魔王はみんなの力で倒して、平和な世の中です」
ゴースト達に聞こえるだけの自意識があるかわからない。でも、届くと思って、俺はこれまでのことを話す。
この砦の人達は優しかった。俺達に逃げろと言って、全員逝ってしまった。
「だから、皆さんはもう安心して眠っていいんです。俺に、そのお手伝いをさせてください」
頭を下げながら、そう頼む。
ふと、周囲が明るくなった。気づけば、ゴースト達が俺の周りに集まっていた。
両手を合わせ、俺は運命神に浄化を願う。
「運命を司る女神よ、ここに使徒クウトが、迷える魂の浄化を願わん。叶うならば、彼らに安らぎを」
祈りは届き、周囲に優しく温かい光が満ちる。少しずつ、ゴースト達が消えていく。それぞれ、短い言葉を残して。
「よくやった」
「ありがとう」
「無事でよかった」
「立派になったな」
最後に、女性の声が聞こえた。
「無理させてすまなかったね」
この砦の隊長だった人のものだ。本当に優しい人だった。
「ここに帰ってきて、良かったな」
誰もいない廃墟の中、静かに降り注ぐ月明かりを浴びながら、俺は一人そう呟いた。




