第23話:限界勇者と秘密の仕事1
魔法はとても便利だ。何も無い所から火や水を出せるし、傷も病気も治すことができる。だから、この世界の文明は発展がゆっくりなんだと俺は思っている。
勇者時代、仲間達には転生して別の世界の記憶があることは伝えておいた。それに伴って、自分の思い出せる範囲で地球の便利な発明について説明したことがある。電気とか電波とか、半導体とか、単語だけ知っていて実際に再現できないものばかりだったが、一部は役立ったようだ。
実際、ルーンハイト王国では俺の証言を元に新技術の研究開発を続け、たまに世の中に現れる。ただし、その速度はゆっくりだ。
今になって思えば、これは良いことだと思う。文明の進歩が急加速した場合、何かよくないことが沢山起きるような気がする。経済とか政治とか、影響が大きそうだ。
なんでこんなことを考えているかと言うと、俺が話したけど再現できないものの中に、『飛行機』が存在するからだ。
そして、色々出来て便利な魔法の中でも、飛行は難易度がとても高いものとされている。どうも、不安定なのだ。妙に魔力消費が多かったり。高度を取れなかったり。
元魔王城に向かうと決めた俺達に立ちはだかったのは移動の問題だった。
かなり近い地域に住んでいるとはいえ、山越えは必須。できれば空を飛んで軽く済ませたい。
神剣ルオンノータがあればそんな心配もないのだけれど、あいつは今頃天界でのんびりしていることだろう。
「まずは偵察。マイサのこともあるから日帰りで済ませたいんだが。さすがに空は飛べないか」
「飛行魔法は面倒なんじゃよなぁ。まあ、方法はないわけではないという所じゃよ」
方法があるらしい。俺の懸念はエンネによって一瞬で解消された。
「さすがはエンネだな。魔法の専門家か」
「飛行魔法は誰もが一度は研究するものじゃ。……ワシのは強引に飛ぶ」
なんか、雲行きが怪しくなってきた。
「その方法を聞いてもいいか?」
「うむ。まず、全身に高度な防御結界を貼る」
いきなり安全対策の話から始まった。いや、安全は大事だ。
「それから、ワシが開発した指向性限定爆発魔法で飛び上がり。その後は、暴風の属性魔法の応用で無理矢理進んでいくんじゃ」
「それはちゃんと飛んで移動できるのか?」
そもそも飛行魔法と呼んでいいのだろうか。爆発してすっ飛んでいくだけに聞こえるのだが。
「魔王軍の中で、上手く出来たのはワシだけじゃった。お主のクリエイト・ホット・ウォーターと似たようなもんじゃ」
他の人、怖くて真面目にやりたくなかっただけなんじゃないだろうか。
しかし、理屈はわかった。魔法の術式を教えてもらえれば俺にもできるはずだ。
「よし、俺に教えてくれ」
「この魔法は練習に時間がかかるのが難点じゃ。いくらクウトでも、少し時間がかかるじゃろう。だから、ワシがお主を運ぼう」
こうして、空高く移動するエンネに宙吊りにされた状態で移動することが決定した。
空から落ちたくらいじゃ死なないだろうから、大丈夫だろう。多分。
◯◯◯
翌朝、準備を整えた俺達は早朝から出発することにした。
準備と言っても大したものはない。俺なんか弁当と武器代わりの鎌を持ったくらいだ。
「じゃあ、夜には一度帰るから」
「神殿の人へのお願いの手紙じゃ。小遣いで好きなものを食べるんじゃぞ」
「わかった! 二人とも、気をつけてね!」
運命神の神殿に手紙を書いて、マイサを夜まで預かって貰うことにした。託児所代わりにしているわけじゃないが、このくらいなら受けてくれる。俺が運命神の神聖魔法を使えるので、結構良くしてくれるのである。
「では、いくぞい」
「お手柔らかに頼む」
後ろにたったエンネが、しっかりと腰に手を回す。このままに俺を抱えて飛ぶ形だ。
「意外と細身なんじゃの。まさか、お主を抱きかかえるとはのう」
「人生、何があるかわからないな」
「まったくじゃ。あ、マイサは離れておるんじゃぞ。ちょっと危険じゃからな」
腰の周りにエンネの細い手が回っているのを見て思う。背中に密着しているけど、彼女はローブを着込んでいるので特別何か感じる所はない。
「では、行くとするのじゃ。万物の根源の魔力よ……風よ、火よ」
エンネの足元に魔力が集まっていく。幾何学模様が光り輝き、その色が黄色から白へと変わりゆく。魔法陣の一種で、魔力によって描く技術だ。これほど細かく正確なものは、久しぶりに見た。
「爆ぜよ!」
とうてい空を飛ぶためのものとは思えない呪文と共に、足元で爆発が起きて俺とエンネは射出された。
なるほど。これは高度な防御魔法が必要なわけだ。
何となく察していたけど、これは打ち上げだ。ロケットみたいなのの。断じて飛行じゃない。
「どうじゃ! 見事なもんじゃろう!」
「これ、俺以外の誰かを運んだことあるか?」
「何故か皆嫌がっておった」
「だろうな……」
ロケットみたいに高空に打ち上がった後は、風の魔法で強引に前進。高度が下がったらまた調節。常に落ち続けるのを何とか補正しているようなものだ。
体の周りに張った防御結界のお陰で上空の温度や気圧差など、諸々の問題は解決している。
しかし、物凄く怖い。落ちても自分で何とかできる俺でこれなんだから、他の人は絶対に運ばれたくなかったことだろう。
「…………」
「なんじゃ。難しい顔をして」
「いや、エンネは超一流の魔法使いってことでいいのかな、と」
「褒めすぎじゃぞ。照れるではないか」
なんかご機嫌な声が頭の後ろから聞こえて来る。
眼下の景色は絶景だ。晴天の空の下、森も山もどんどん越えていく。
俺達は真っ直ぐ西に向かっている。目的の地域はすぐに見えてきた。
「相変わらず、不景気な所だなぁ」
かつて魔王城があった地域は、周囲を山岳に囲まれた小さな盆地だ。そして、魔王軍がやった実験や儀式の影響か大地が黒く変色している。植物も影響を受けて、全体的に不気味で気持ち悪い植生に変化してしまっているのだ。
それなりの広さがありながら、人間達が開拓に入らなかったのこれが理由だ。勿論、ここには大量の魔物が残っているというのもある。
「魔王様が環境を買えた影響じゃからのう。お、魔王城が見えてきたのじゃ」
「ん? 何かいるな?」
盆地の中央に存在している巨大建造物。かつて、魔王城と呼ばれた建物の名残だ。最上階は戦いで消し飛び、今ではほぼ外壁のみになっていた。
そして、その外壁の崩れた箇所に巨大生物がちょっとだけ見えていた。
「あれ、ドラゴンじゃないか?」
「…………ちょっと着陸して話しあうのじゃ」
何か思う所あったらしく、エンネが高度を下げ始めた。魔王城跡地近くにある、不気味な森に向かって一直線に向かっていく。
「なあ、今思ったんだけど。これ着地……」
「安心せい。減速してるし、防御結界は完璧じゃ」
自信満々の声と共に、俺達は森の片隅に着地……実質着弾した。




