第22話:限界勇者と西の噂
久しぶりに食べたハンバーグは美味しかった。今、初めて前世の日本における食生活が豊かだと気づいた。それくらい、俺は食事に興味がない生活を送っていたと思うと、勿体ないことをしたと思う。これまでにない気づきだ。
さすがはユーネルマ様。こうして俺に足りない物を間接的に教えてくれる。今度、祭壇にお供えしたり報告書などを置くようにしよう。マイサの方が熱心に祈ってるっていうのは事実だけど。
女神の力で増改築した家は、有り体にいって広くなった。リビングが気持ち広がり、八畳ほどの部屋が二つ奥に出現。倉庫やキッチンも拡大され、保管庫や調理器具など最初から設置されていた装置類も大型になった。
単身者用から家族用の建物にしてもらったのは素直に嬉しい。
家庭菜園の方も冊子をもらって大きく改善された。どうも、地球の本屋で買えるものを翻訳したものっぽいので、重箱世界で通用するかちょっと心配ではある。
増えたスペースをどう活用していくか。家族三人で相談しつつ、日々の暮らしの中でまたやるべきことが増えていく。生活を豊かにしていくためなので、意外なほど嫌な気持ちがない。
そんな風に、生活環境が変わりつつも、一つの仕事に区切りがついた。
俺とエンネが毎日作業していた水路の完成である。
基本はミスリル製の鍬やスコップで地面を掘りまくり、仕上げに地の属性魔法で軽く固めてみた。
役人の指示通り川の辺りだけ掘り返さずにおき、ついに昨日、水門が設置された。
ドワーフの手によるものだという水門は小さいながらも立派なもので。上部に上がってハンドルを回すと開けることが出来る。技術的にはルーンハイト王国から来たものだそうだ。あの国は、俺が転生者であることを知ってる者がいるし、たまに知識を提供していた影響が強い。
「こういうのもっと人を集めてやったりするんじゃないかの?」
「あんまり盛り上げないようにと領主様から通達が来てるらしいよ」
水門を開ける役目は我が家に任された。俺とエンネ、マイサの三人がハンドルの前に立っている。
「気遣いされとるのう。確かに、大々的にやられても困るのじゃ」
「これ、もう開けていいんだよね?」
マイサは先程から待ちきれない様子だ。
この水門を開けば、家の前に水場が出来る。また少し、生活が変化するだろう。
少し、楽しみだ。
「じゃあ、開けるか」
「全員じゃぞ。三人でやるんじゃからな」
「うん。わかってる!」
三人でハンドルを掴み、少しずつ回していく。ゆっくりと水門が上がり、音を立てて川からの水が流れ込んでいく。
水量は少なくささやかなもの。地面を固めただけなので、泥水のように濁った水が流れていく。
「なんか、汚いな……」
「これからずっと流れ続けるんじゃよ。そのうち綺麗な流れになるのじゃ」
「ねぇねぇ、追いかけてみようよ!」
そういうなり、マイサが飛び出してしまった。そのまま流れ始めた水を追いかけていく。
「ここは家から離れているというのに。ワシらもいくぞ」
昼食の入った籠を手にエンネが走り始める。その顔に笑みが浮かんでいた。なんだかんだで楽しみにしていたんだろう。
「マイサ、転ばないように気をつけて。あんまり急いじゃ駄目だぞ」
俺も慌てて、二人を追いかけるのだった。
十日ほどで農地の中に綺麗な水路と水場が現れた。今後は、これの管理も我が家の仕事になる。近い内に、ホヨラに流れてきた人達の農業も始まる予定だ。
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ホヨラの冒険者組合はいつもと様子が違った。相変わらず郵便局が賑やかなのは変わらないけど、ネーアさんが疲れた顔で受付に座っている。
「あら、クウト君。お久しぶり」
「二日に一回は顔を出してたはずですけど。大丈夫ですか?」
たまに暇すぎてマイサと遊んでるくらいだったのに。まるで今は仕事で疲れているようだった。
「久しぶりに、労働って気分になってるわ……。例の調査隊が西にいってね。なんか、組合の資料を調べろとか依頼を出せとかで残業よ」
「それは大変ですね……」
残業というのは慣れていないと大変なものだ。俺は前世で常時勤務状態でいれば問題ないと気づいて、乗り切れるようになった。あれは今思い返すと異常行動だったんじゃないかと流石に疑っている。
「依頼もその調査隊絡みのがあるんですか?」
「だいたい、西側の魔物退治とか調査。あと、調査隊の拠点への物資輸送の護衛とかね」
冒険者は西側に詳しいから、ガイドとしても重宝されているそうだ。そういえば、バリオンさん達を見かけない。貴重なベテランだからって、使い倒されてなきゃいいけど。
「俺はいつも通りの採取依頼でいいですか?」
「そっちも溜まってるから助かるわ。あーでも、クウト君達強いのよね。そのうち、監視所が出来たら滞在する依頼が出るかも」
「……詳しく聞かせてください」
聞き捨てならない話だったので、ネーアさんに詳細を聞いた。
「これ、確かな話ですか?」
「た、多分? なんか調査隊の方で大変らしいから」
「ありがとうございます。あ、この辺の採取依頼、受けますね」
とりあえず。やるべきことはやっておくことにした。
「エンネ。西の山の向こうがどうなってるか、本当にわからないか?」
家に帰り、家族揃っての夕食を終えた後、ちゃぶ台を囲んで俺はそう切り出した。
「ん? なにかあったのかの? 知っての通り、お主が魔族界を作って、ワシらが移住してそのままのはずじゃ。それ以外はわからん」
「そうか。実は、例の調査隊が西の山でかなりの魔物に遭遇しているらしいんだ。それで、監視所の建設の話がでているらしい」
ネーアさんから聞いた話をまとめると、そういうことだった。
ホヨラの町を西に出発した調査隊は、山岳地帯に入るなり、断続的な魔物の襲撃を受けているそうだ。先日のツインヘッドパイソン以外にも種類が多いとか。それも西に進むほど増えているとのこと。
こうなると、山を越えた向こう。西の地。元魔王城の地域に何かあったのではないかという推測をせざるを得ない。そもそも魔物の増加が問題なので。監視所を設けて定期的な討伐や調査を行うべきだろう。そんな話になってきているそうだ。
「ふむ。町の治安が心配になるのう。気になるのかの?」
「仮に管理所が出来た場合。俺やエンネがそれなりの期間泊まり込む依頼を受ける可能性が高い」
それだけじゃない。監視所への物資の運搬など、日帰りでは済まない仕事も増えるだろう。
「つまり、忙しくなってしまうわけじゃな」
さすがはエンネだ。俺の懸念を見事に汲み取ってくれた。
今の生活は、俺にしてはいい感じだと思う。皆で朝起きて、仕事に出て、夜も皆でご飯を食べて寝る。休日に買い物に出たり、農作業をする。こんな当たり前のことが、楽しみになっている。
そう、俺は今、生活を楽しんでいるんだ。これは前世でもなかった感情だ。
監視所計画は、このささやかな生活を破壊しかねない。
「ああ、忙しいなんてもんじゃなくなる。スローライフの危機だ」
ようやく、スローライフの何たるかを掴み始めていたのに。根本から揺るがす事態が発生してしまった。
「ボクも、二人があんまり家にいなくなるのは。寂しいかな」
本当に寂しそうな顔でマイサが言った。夜、一緒に寝ている時、この子はたまに急に目覚めることがある。そういう時は大抵、目尻に涙を溜めている。聞けば、昔の悲しいことを夢を見るのだという。
そんな時、横に眠っている俺達の顔を見ると安心するそうだ。
「これは由々しき事態じゃな。なんとかせねばなるまい……」
「な、なんとかできるものなの? 魔物なんてどうしようもない気がするけど」
マイサの懸念は最もだ。普通なら、大人しく監視所が出来て、忙しくなる日々を受け入れるしかない。
そう、普通なら。
「俺は直接原因を確認に行くべきだと思う」
「奇遇じゃな。ワシも同じ事を考えておった」
こういう時、普通でない方法を取ることができることに、俺達は感謝した。




