第2話:限界勇者の女神
どうしよう……。何も思いつかない……。
自由になった翌日の夜。森の中で一人焚き火をしながら、俺は途方に暮れていた。
何でもできると思った瞬間に、わけがわからなくなった。
勇者としての剣のみならず、装備品も置いて地味な服に軽い荷物に変更。あとは路銀を持って意気揚々と王都を出た。
自由を謳歌すべく、なんとなく街道を外れ、徒歩で近くの森に。
そのまま夜になったので、気分よく野営をして、今後のことについて考え始めた。
俺の頭はなにもアイデアを出してくれなかった。
魔王を倒すための戦いを始めた百三十年前。そこからの十年間は目標が明確だった。
魔王を倒した後の百二十年間は、言われるままに状況に対処してきた。
いざ、何もなくなるとどうすればいいかわからない。
「これが、百二十年間、年中無休だった後遺症か……。いや、違うな」
そもそも、俺は自発的な欲求が薄い男だった。
少しだけ、勇者クウトと呼ばれる前のことを思い出す。
俺には前世がある。地球の日本の、二十一世紀を生きた記憶だ。
ここより文明が発展した、治安の良い社会で生きてきた。
そこでも俺は自分のやりたいことがなかった。
原因の一つが家族だった。奔放な性格の兄が一人いて、それに手を焼いた両親は、俺をガチガチに管理した。
不幸だったのは、その教育方針が俺に合っていたことだ。
両親の言われるままに進学し、就職して、とにかく目の前のことが安定して進んでいくのに疑問を持つことすらなかった。
そうこうしている内に、俺は事故死した。
物心ついてから、何か自発的な行動で親を困らせた記憶もない。
「生まれ変わる前からの筋金入りか……」
自分の生き方を決める能力が、俺にはない。
これはもう、認めるしかないだろう。
その癖、やることがないと不安になってくる。なにかしていないと気が収まらない。
こんな所で呑気にキャンプしているよりも、休み無しで労働するほうがマシなのでは? そんな気さえしてくる。
「いっそ……、戻ろうかな」
そんな呟きと共に、焚き火に薪を放り込んだ。
一瞬小さくなった火が、少し間をおいて一際大きくなる。
薪が爆ぜて大きな音をたてた時だった。
「いや、戻っちゃ駄目ですよ? 何考えてるんですか」
いつの間にか、向かいに女性が座っていた。
水色がかった長い銀髪の女性だ。身にまとったワンピースは白く光沢があり、焚き火の色を優しく返している。
綺麗なカーブを描く眉に、ちょっときつい目つき。
全て、俺の覚えている姿のままだった。
「なにしに来たんですか、ユーネルマ様」
「なっ……。自分の大事な使徒が人生に迷ってるんだから現れもしますよ!」
運命の女神ユーネルマ。
俺をこの世界に転生させ、勇者としての加護と神剣を与えてくれた神様だ。
ちなみにこの世界の神様、沢山いるし、割と気安い人が多い。ユーネルマ様はこのくらいの距離感じゃないと逆に怒ったりもする。
「まさか今さら現れるなんて……」
「びっくりしたんですよ! いきなりルオンノータが天界に帰ってきて! 気になって調べたら、なんか全然幸せになってないじゃないですか! 魔王を倒して、めでたしめでたし、って思ってたのに!」
何なんですか! とユーネルマ様は憤っていた。
悪い神様じゃないけど、たまにうっかりする。それが、この世界の運命の女神なのだ。
「大事な使徒を百二十年もほったらかしていたんですか……」
「加護ガン盛りの肉体に頼れる仲間達、しまいには神剣まで貸与したんですから。人間界での生活を楽しんで、そのうち天界に昇ってくると思っていたんですよ」
それに、過度な干渉は危険ですしね。
そう付け加えながら、ユーネルマ様はどこからか串付きのマシュマロを出して、焚き火で炙り始めた。相変わらず自由な神だ。
「俺、これからどうすればいいんでしょう?」
ちょうどいい。自分の信仰する神様が目の前にいるんだ。迷える子羊としては縋るべきだろう。
「んー……。ここで具体的にいうと、貴方は私の言う通りにしちゃいますからねぇ」
俺のことをよくわかっている女神だった。
「勇者クウト。魔王を倒し、世界を分けた、私の偉大な勇者。貴方にも、ちゃんと自分があるのです。思い返してみてください、昔の……剣を取る前のこと……地球の頃のことは置いておいて」
具体的な時代指定が入ってきた。言いたいことはわかる。前世の俺も今と変わらなかった。
「……………ああ、そうか」
ユーネルマ様の助言は、すぐにその意味を持った。
よくわからないけど、わかった。
自分のしたいことかはわからない。けれど、ずっと前にやるべきだと考えて、いつしか摩耗していた思い出。
運命の女神と焚き火を囲むことで、ようやくそれを思い出すことができた。
「おわかりになったようですね」
「はい。俺は、西に向かいます」
その言葉に、ユーネルマ様は満足げに頷いた。
それから、炙っていたマシュマロを自分の目線まであげた。
「……食べます?」
「いえ、遠慮しておきます」
焼きすぎて黒焦げだったので、辞退した。
ユーネルマ様は微妙な顔でマシュマロを食べてから、何事もなかったかのように会話を再開する。
「スローライフでも送りなさい。言葉くらいは知っているでしょう?」
「いえ、初めて聞く言葉ですね」
「嘘でしょ……」
それでも二十一世紀の日本人だったの? と驚愕の目で見られた。神すら恐れるほど無学なのか、俺は。
「スローライフとは、激務を離れてゆっくりとした暮らしを送ること。大抵は、田舎で暮らすそうです」
そうして、かいつまんでスローライフについて説明してくれた。
「言われてみれば、聞いたことがあったかもしれません」
子供の頃からテレビも漫画も動画もゲームも禁止されてたからな。
でも、社会人になってから、そんな都市伝説を聞いたことがあるような気がする。過労で退職した同僚がそんなことを言っていたような……。
「とにかく、貴方の心は疲れ切っています。それを癒やすまで、天界に昇らないように」
「はあ……わかりました」
この世界で色々と暴れた結果、俺はこの人の従属神になることが決まっている。割と任意で上がれるはずだったが、今その道が閉ざされた。
「……なんか不安ですね。わかりました。女神の加護をかけなおしましょう。魔王討伐のための祝福から、日々を満足に暮らすための恩寵に」
「すいぶん思い切ったことをしますね」
神様からの加護を切り替えるなんて聞いたことがない。そんなポンポンやっていいもんなんだろうか。
「私がいいと言えばいいのです。そうですね、少し戦闘能力は落ちますが、その分運命力が上がるようにします。現状、人間界にいるには過剰すぎる強さですから」
「わかりました……」
もう魔王もいないことだし、戦闘能力はいいかなとも思った。
それよりも、ユーネルマ様の助言のおかげで沸き起こった感情が、嬉しかった。
今、俺は本当に久しぶりに、自分の中に欲望といえるものが芽生えている。
「……よし。これでいきましょう」
ユーネルマ様は立ち上がると、俺の前に立つ。
見上げると、その体の周囲に青白い光が満ちていた。前に似たものを見たことがある、魔王を倒すための祝福を貰う時のことだ。
「勇者クウト……いえ、ただのクウトよ。貴方にも自分の人生を生きる時が来たのです」
「はい」
「貴方の功績を認め、新たな加護を授けます。きっと、良いことがあるでしょう。というかあります、そうします」
「ありがとうございます」
「あと、たまに現状を確認しますから、そのつもりで」
「プライバシーへの配慮はお願いします」
「私を信用しなさい」
苦笑しながら、ユーネルマ様は俺の額に口づけした。
運命の女神の祝福。新たな加護の付与だ。
瞬間的に、全身を何かが駆け巡るのがわかった。感覚的に、俺の力が変質したのがわかる。
でも、嫌な感じはまるでしなかった。
今この時に、必要な力を得た。そんな気持ちがある。
「とりあえず、ゆっくり二週間ほどかけて向かいなさい。万事整えておきますから」
妙に具体的なことを言い残すと、ユーネルマ様は光の粒になって天に昇っていった。
後に残るのは俺と、焚き火と、食べ残しの黒焦げのマシュマロだけ。
もう、ルーンハイト王国に戻ろうなんて気持ちは無くなっていた。
あと、もったいないからマシュマロは食べた。




