第19話:限界勇者と公共事業
とりあえず、マイサに説明をした。
俺が本当に勇者クウトであること。エンネが元魔王軍参謀で、二代目魔王であること。
二人して、仕事が嫌になって、この田舎町でのんびりした暮らしを試みていること。
時間にして三十分ほどだろうか。マイサは質問もせず、ただ頷いて聞いてくれた。
「というわけなんだ。黙っていてごめん……というかとても話せなかったんだ」
「いきなりクウトは勇者でワシが魔王とか自己紹介はできんからな」
そう話すと、マイサはようやく顔をほころばせて笑ってくれた。
「そうだね。いきなりそんな話をされても困っちゃう。女王様が言ってたからさすがに信じるけれど」
俺とエンネよりもヴィフレアの話の方が説得力がある。複雑な気分になる事実だけど、理解はできる。第三者の証言は強い。
「なんだか、おとぎ話の中に入ったみたい。勇者とか魔王とか言われても、ボクには二人はいつも通りにしか見えないよ」
「そう言ってくれると助かるよ」
「うむ。ワシらは今まで通りじゃからな」
「でも、納得はできたかな。すごい魔法が使えたり、何日も働き続けたり。ありえないくらい強かったから」
「そういうものか……」
「気をつけておったつもりなんじゃがのう」
案外、そのうち自分達から正体を明かす展開になっていたかもしれない。
「マイサ、もし嫌になったならいつでも言ってくれ」
「言うわけないよ! むしろずっと居たくなったよ! だって、二人の側なら絶対に安心だもん!」
「そうか……ありがとう」
「これは頑張らないとならんのう」
俺もエンネも守るべきものを守れなかった経験がある。素直に安心しろとは言えなかった。
せめて、マイサが大人になるまではしっかり守ってあげたい。
「俺達の話は終わりにして、今後の話をしよう。水路を作って欲しいらしいんだけど」
領主のワービンさんが置いていった書類の中に、水路計画の説明書きがあった。詳細な土木計画ではなく、「この辺りに水を引いてね。そうしたら追加工事をしますから」という素人にもわかる図だ。
「ここに書いてある川って、北の方を流れてるのだよね? ちょっと遠くから人力で掘れってこと?」
「あの領主、結構やり手じゃのう。きっと、クウトやワシの行動をしっかり調べておるぞ。ワシら二人にやらせて、工期と工費を浮かせるつもりじゃ」
突然の公共事業の受注は、人件費削減のアイデアでもあったらしい。
計画は北の川から畑の方へと水路を作成。途中に貯水池も設けるよう指示がある。また、水は常に流れているので川に戻す形にする必要がある。
「水路と言っても地面を掘り返して水を通すだけでいいみたいだな。できると言えばできる」
同時に草刈りも依頼されているけど、そちらも可能だ。
「さっそく明日からやろう。冒険者組合の方はどうしようか?」
「ワシと交代でやるのはどうじゃ? 期間の指定はないじゃろう」
「ボクは何を手伝ったらいいかな?」
マイサの無邪気な問いかけに、俺とエンネが固まる。二人して想定していたのは四十八時間連続労働だ。俺達基準では人道的だが、マイサにとってはそうではない。
「ここはちゃんと話し合おう。マイサ、水路作りの手伝いはさすがに諦めてくれ」
「うむ。冒険者組合の依頼も採取くらいに控えておかねばな」
そうすると、マイサを一人家においておくことになる。どうしたものか、エンネに待機して貰って魔法の勉強でもしてもらうか?
少し悩んでから、ある疑問が浮かんだ。
「マイサ。孤児院では普段何をしていたんだ? 学校とか、勉強のようなものはないのか?」
冷静に考えれば、子供は学校に行くものだった。この世界でも、家の手伝いの合間に神殿や行政が提供する学校に行く仕組みはあるはずだ。
「あるよ。色んな神殿が開いてる教室とか。孤児院でも行ってた。あと、奉仕活動のお手伝いとかもあったかな?」
「日中はそこに行って貰った方が良いんじゃないか?」
「そうじゃのう。世間との関わりも教育も大切じゃ」
「ボク……役に立てないの?」
不安げな顔で聞くマイサに、俺達がそれぞれ首を横に振る。
「単に役割の問題だよ。俺とエンネが働いている間に、マイサは大人になるための準備をする。それだけだ」
「読み書きや計算も魔法に負けないくらい大切な知識じゃ。できれば学んでおくべきじゃろう」
前世があるわけでもないのに、俺に近い考え方のエンネが居てくれて助かる。さすがは休まず魔王を続けてきただけある。
「わかった。じゃあ、ボク。運命神様の神殿にいきたいな。……それと、欲しいものがあるんだけど」
運命神様とは、また縁の深いところを選んできたな。更に、遠慮がちとはいえ、マイサが何かを要求するのも新鮮だ。
「なんじゃ? 余程のものではない限り、購入を前向きに検討するぞい」
政治家らしい言い回しをしたエンネに、マイサが笑顔で言う。
「運命神様のちっちゃい祭壇がほしいんだ。昔の家に住んでる時、毎日祈ってたの。運命神様は、戦争を起こした魔族のための世界を用意してくれた神様だから。恩人だって」
「うっ……。そ、そうじゃったか」
「戦争を起こした」の辺りにエンネがダメージを受けているようだった。当事者である俺としては「そういう考え方もあるのか」と新たな解釈に驚きだ。
「この家、女神様が作ってくれたのに祭壇がないんだよね」
「そりゃあそうだ。自分で用意した家に、これみよがしに信仰しろとばかりに祭壇を作るような神様じゃあ……」
ふと気づいた。もしかしたら、運命神の祭壇、俺が真っ先に設置するべきだったんじゃないだろうか。
加護を貰ってる使徒だし。なんなら従属神になるらしいし、将来。
「クウトさん、顔色悪いけどどうしたの?」
「不都合な事実に気づいてしまった顔じゃのう」
エンネの方は察している。大丈夫。運命神ユーネルマはこの程度で怒るほど器は小さくない。多分。
「お金は出すから祭壇はお願いしていいかな。大きいものなら俺が運ぶから」
「うん。大丈夫、家に置くのは簡単に運べるから! 普通あるから気になってたんだ!」
そうか。そういうものか。言われてみれば、この世界で産まれた家にも祭壇があったな。前世でいう神棚感覚なんだろう。
「ワシら、そういう常識に疎いからのう。マイサに色々と教わらねば」
「そうだな。何か気付いたことがあったら教えて欲しい」
「わかった! じゃあね、町に行ったらお昼ご飯どうしたらいいかな?」
とりあえず、エンネが全員分の弁当を作ることになった。




