第18話:限界勇者と偉い人3
女王ヴィフレアとその一団は徒歩で来ていた。武装した騎士達とそれを率いる権力者が、城壁外の平屋に向かう様子は異様なものだ。
しかし、ホヨラの人々は、あまり気にしていなかった。そういうものだろう、と納得すらしていた。
一月ほど前、突如現れた謎の家、そこに住み始めた勇者と同じ名前を持つ住人。それから起きた次々の"現象"とでも言うべき出来事。そこに住んでいるのが、ただ者でないのは流石に理解できていたからだ。
それでもクウトの存在が勇者と結びつかないのは運命神の仕掛けによるものなのだが、元勇者本人も含めてそれに気づく者はいない。そういう力が働いているのだ。それも強力に。
「手間をかけてしまいましたね。ワービン」
「ぐふふ。お構いなく。まさか、勇者様とお話できるとは。実は興奮で昨夜から寝不足なのです」
「まさか、貴方ほどの人が?」
「買いかぶりですよ……ぐっぐっぐ」
不気味に笑う領主ワービン。体型の割に健脚なようで、彼もまた歩いていた。
彼の領主としての評判は、まあまあだ。それなりに公平で、それなりに私腹を肥やす。領民達は、目立った悪さをしないことに安堵しつつ、彼の施政を受け入れている。
一方、ヴィフレアからワービンへの評価は高い。田舎国の辺境、ともすれば飢えと寒さに支配されかねない地域を、立派に治めている。実際、数字を見ればワービンが家を継いでから、少しずつホヨラ周辺の税収は上がっている。
調整しているのである。周囲から目立たぬよう、それでいて程よく民も自分も豊かになるように。
複数の妾がいたり、多少グレーゾーンの行いはあるが一線は越えない俗物。
それが、女王から見たワービンの人物像だった。
「久しぶりに勇者様にお会いして、いかがでしたかな?」
「そうですね……。辞めたくなりました、女王」
「陛下! 嘘でもおやめください!」
「ヴィフレア様こそ王国の象徴!」
それを聞いた騎士達が慌てて声を上げる。
「ぐふふ。ミスラート王国は、陛下がいてこそ。諸侯一同。なかなか、そうはさせませんぞ」
「くっ……。うっかり人間の真似事を引き受けたばかりに……」
本気で悔やんでいた。魔王戦後、森を失ったエルフを中心とした人々で起こしたミスラート王国。周囲から推挙されて女王の座についた。そして、それが上手くいってしまった。もう在位百二十年。辞めたくても辞められない。
クウトやエンネの様に、常軌を逸した働き方をしているわけではないが、彼女もまた近い立場なのだった。
「あーもう、今すぐ辞めて、あの家に住み着きたい! よりによって魔王軍の参謀と仲良くしてるなんて! あと五百年若かったら、襲いかかってたわ!」
「割と最近落ち着いたんだ……」
「昔は短気で有名だったんだぞ。烈火のヴィフレアと呼ばれるくらいでな」
「そこ! 若い子に余計なこと教えない!」
危険な情報が漏れそうだったので、なんとか防ぐことに成功した。
「とにかく。貴方には負担をかけてしまいますが、宜しくお願いしますからね。ワービン」
楽しそうに隣を歩くワービンは、厳かに頷いた。
「もちろんですとも。勇者様を小生の代でお迎えできたのは、誉れですから。何やら疲れているご様子。ゆっくり過ごして頂きましょう」
「貴方が協力的で助かりました。……国としても支援をしますから。上手く使うように」
「ぐふふ。肝に命じておきます」
にやりを笑い、頭を下げる。私腹を肥やすな、という当然の警告である。ワービンとて、それくらいの節度はある。
「先祖に誓って、勇者様の生活を見守りましょう」
不気味な笑いを漏らしながら、ワービンは先程まで話していた勇者の顔を思い出す。
まさか、実際に会えるとは思っていなかった。
彼の一族は、勇者クウトに大きな恩がある。
約百二十五年前に発生した、ホヨラ奪還戦。故郷を取り返すため、先祖は全ての力を注ぎ込んだ。
戦える者は武器を取り、持てる財産も全て注ぎ込んだ。
その戦いは地獄のような有り様だったという。
魔族の軍はあまりにも強く、あわや全滅するかというところまで追い詰められた。
その時に、勇者クウトと仲間達が援軍に現れ、ギリギリの所で勝利をもぎ取ったという。
戦いの代償は大きかった。生き残った先祖はたった一人の女性。それも片腕と片目を失う重症だった。
故郷は取り戻したものの、全てを失ってしまった絶望が、彼女を苛んだ。
もはや生きる意味を見出せず、命を断とうとしたところ、彼が現れた。
「いつか、俺はここに戻ってくるつもりなんだ。その頃には良い所になっているといいな」
先祖は約束した。自分が復興すると。貴方が帰ってくる場所を作ると。
それから百年以上たち、勇者は本当に帰ってきた。
「約束通り、良い所になっていると良いのだがな。ぐふふ……」
代々の言い伝えを思い出しながら、ワービンは思う。ここでの生活が、疲れた勇者の癒やしになればいいと。
勇者との約束も果たす、私腹も肥やす。
両方やらねばならないのが、領主の辛い所だ。




