第15話:限界勇者と買い出し
「さて、こうして一緒に住むことになったんだけど。……俺達は家族ということでいいんだろうか」
マイサが我が家に来た翌朝。三人でちゃぶ台を囲んで朝食を食べながら俺は切り出した。
今朝のご飯はジャガイモと鶏肉のスープと黒パン。最近は少し豪華になった。ちなみに昨夜の残りだ。
「なんじゃ。文句でもあるのか?」
「や、やっぱり迷惑でしたか?」
エンネは不機嫌になり、マイサが不安そうな顔をする。俺は慌てて弁解する。
「いや、俺とエンネは夫婦ってわけでもないし。これは何で呼べないいのかと思ってな」
俺がそう言うと、スープを一気に飲み干したエンネが呆れ顔をする。
「家族でいいじゃろう。住所も同じじゃし。なんじゃ、嫌なのか? こんな美少女二人と暮らせるのに」
一瞬、少女? という疑問が出かけたが何とか耐えた。エンネの年齢は知らないが確実に俺より上だ。
魔族は長命が多く、エルフかそれ以上。生きるほど魔力が増す。……俺の見立てでは五百は超えている。
「ボクは、二人が家族だと嬉しい……です」
先に全て食べ終えていたマイサが顔を赤くしながら言った。
「じゃあ、家族で」
「うむ。そうじゃな。マイサ、おかわりはいるか? 余り物じゃが、もう少しあるぞい?」
「あ、いただきます!」
そう言うとマイサは自分からおかわりを取りに行った。
家族問題はこれで良しとしよう。他にも考えることがある。
「今更だけど、この家に三人は狭い。特にマイサは女の子だし、年頃だ。いいのか?」
「いいじゃろ。そもそも一部の層を除けば大抵一家で一部屋みたいなもんじゃろ。この辺り」
それもそうだ。家は高いので、一部の都市住民を除く農村などでは大部屋で大家族が眠っているのも珍しくない。
しかし、俺は一応二十一世紀の日本出身。こういうのは気を使うべきなのは知識として知っている。昔、友人が教えてくれた。
「将来手狭になるから増築しないとな。いや、それよりも買い出しに行こう」
「うむ。マイサの生活用品が必要じゃな」
「あ、あの。そこまでしてもらわなくても。孤児院にある荷物を取りにいければそれで……」
そうだ。その辺りの手続きもあるな。マイサだって、挨拶するべき人もいるだろう。最低限、一度は顔を出さなきゃな。
「マイサ、遠慮はしないでいい。昨日からここが家なんだから」
「そのとおりじゃ。お前さん、そういうのを言えるのは偉いと思うぞ」
なんだか、初めてエンネに面と向かって褒められた気がする。
それとは別に重要な買い物がある。ここで宣言しておくべきだろう。
「マイサの分の寝具が必要だ。それも早急に」
昨日、マイサに寝具をとられてしまい、俺はまた床で寝た。地面の上でも寝られるとはいえ、屋内で一人だけこれはちょっと嫌だ。
「では、畑の世話を終えたら町で買い出しじゃな。口座の残高を確認してから買い物じゃなぁ」
にこりと笑いながら、エンネが立ち上がり、俺達もそれに続いた。
◯◯◯
俺とエンネはそれぞれ別に銀行口座を持ち、なんとなく個別に管理している。我が家に今のところ固定費は存在しないので、特に不便はない。何となく二人で食費を出したりして生活していた。
マイサが家に来たことで、もう少ししっかり生活費を管理しようということになった。
「別に俺が全部出してもいいんだけど」
「それだとワシが居づらいじゃろうが! ……いっそ夫婦なら共有財産みたいにしやすかったかもしれんのう」
「夫婦かぁ……」
想像がつかない。今、実質的に同棲生活してることすら、落ち着いて考えると不思議なことだ。まるで、一般市民のように生活している。実際身分的にはその通りだけど。
「当面は、毎月生活費として同じ金額を出すってことでいいな」
「うむ。大きい買い物の時は相談するので行くのじゃ」
「あ、あの。ボクも働いて家計に……」
「マイサはそんなこと考えなくていい」
「子供なんじゃからな」
「……うぅ、ありがとうございます」
話はまとまった。マイサはそれでも何かいいたそうだ。急に家族だと言われて、目の前でお金を使ってくれるのは居心地が悪い、といったところか。
「普段の畑の手伝いとかはしてもらうよ。あと、エンネに魔法を教えて貰ってね」
「っ! うん、がんばる!」
役割をもらって納得してくれたようだ。
「順番としては、孤児院に挨拶。それから買い物じゃな」
「マイサ、遠慮しないでいいからね」
「あ、ありがとう。ございます」
孤児院での手続きは簡単なものだった。昨日の今日で、大体整えていてくれたようだ。行政機関がそれほど整っていない世界だから簡単だっていうのもあるだろう。
マイサの荷物は驚くほど少なかった。小さなバッグに、着替えが少々と申し訳程度の生活用品。いかに簡素な生活をしていたか、伺いしれた。
「これから色々揃えていこうか。服とかアクセサリもいいな」
「お主……ワシの時にはそういうこと一言も言わなかったのう」
思わず出た言葉に、何故かエンネが反応した。
「エンネは大人だから自分で買えるだろ?」
「……まあ、そうじゃのう」
不満げに言う俺達の前で、マイサが孤児院の子たちに別れの挨拶をしている。
嫌な目に遭うことはあっても、仲の良い子はいたのだろう。中には泣いている子もいる。
「そんなに泣かないで! この町にはいるんだから! そのうち、お土産持ってくるね!」
「うん。いってらっしゃい。マイサお姉ちゃん」
さようなら、を言わないのはこの孤児院の風習だそうだ。
あっさりと、しかし多くの人に見送られて、マイサはこれまでの生活の場から去ることができた。
そこからは長い買い物が始まった。マイサは基本的に遠慮する。気持ちはわかる。いきなり俺達の家に来て、養われる身だ。そこで堂々と「これが欲しい」という子でもない。今まで我慢が必要な環境にいたというのもあるだろう。
そこを理解した俺とエンネは、「これは必要だから」と話した上でどんどん買う方向でいくことにした。
幸い、通帳の金額には余裕があったので、多めに金を下ろした。
家の周りの土地を管理しているという体で貰える謝礼金が大量に入っていたからだ。
一通りの日用品を買った後、前に俺用の毛布を買った古着屋に入った。
「あら、いらっしゃい。おや、そちらの子はどうしたのかな?」
「色々あって、うちで引き取る事になったのじゃ。この子に合う服はないかのう」
マイサの着ている服はシンプルな薄茶色の上下。誰かのお下がりだったのか傷んでいるし、少し小さい。本人は遠慮したがさすがに買い替えようということになった。
「これは嬉しいわね。可愛い子だから、やりがいがあるわー」
店員さんは嬉しそうに服を選び始めた。エンネもそれに加わる。マイサも横で大人しくしつつ、たまに自分の意見を言う。その目が明るく輝いている。服を買うのを楽しむのは女の子らしい。
俺はファッションに詳しくもないしセンスもないので一人店内をうろついていた。女の子の服装なんて何もわからん。
「はい! こんなもんでどうでしょうか!」
数十分後、そこには見違えるような姿になったマイサがいた。元が地味だったので。
服装はあくまでパンツルック。これは農作業を手伝ったりする関係だろう。濃いめの青を基調とした落ち着いた色合いの服装だ。その上で灰色のローブ風の上着までついてきた。
魔法使い見習い、そんな感じの印象だ。。
「いいね。似合ってると思う」
「うむ。魔法使い風じゃな」
素直に褒める俺と、満足げなエンネ。そしてドヤ顔の店員さんを前に、マイサは照れたようすで僅かに微笑む。
「ボク、魔法使いになりたいんだ。仕事に困らないと思うから」
「既に人生を見据えている……」
「立派なものじゃ……」
感心するしかなかった。まだ十一歳なのに、そんなことまで考えているとは。
「先のことはともかく、魔法は使えて損はないね」
「うむ。職業選択はもう少し先で良いじゃろう」
この世界ではまだ職業選択の自由はそれほどないのが普通だ。俺達は、この子にどれだけの人生を選ばせてあげられるだろうか。
ともあれ、金額的にも何とかなるので即決でマイサの服を買った。
「今日は寝具は置いてないか……」
「あはは。ここは服屋だからね。でも、ちょっと奥にいった所で安く売ってるよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「いいって。お得意様になってくれそうだし。あんた達、この前エルフに因縁つけられてたでしょ? さすがにあれはねぇ」
どうやら、思った以上に俺達は目立っていたようだ。
「また来てね。可愛い子の服を選ぶ仕事は大歓迎だよ!」
そんな風に、店員さんの笑顔を受けて俺達は店を出た。もちろん、新しい寝具一式を購入することも忘れない。
帰宅して、夕食を食べて、入浴する。そんな当たり前の日常をこなせるのは良いことだ。本当に、心からそう思う。
布団を敷いて、いざ就寝というところで軽く相談になった。
「同じ部屋とはいえ、俺は離れて寝た方がいいんじゃないか?」
マイサは年頃の女の子である。そこは気を使った方がいいだろう。衝立も追加で作って、もっとプライバシーを保護すべきじゃないかとすら思う。
「今更なにをとは思うが、ワシとは違うしのう」
エンネが言うと、マイサはおずおずといった様子で口を開く。
「あの、出来れば。三人がいいな。父さんと母さんがいた時みたいで、安心するから……」
俺とエンネは顔を見合わせ、互いに頷いた。
「三人で並んで寝よう」
とりあえず、そういうことになった。
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翌日、またも我が家に来訪者があった。
ミスラート王国女王ヴィフレア。麗しきエルフの女王。かつての仲間の一人。
「久しぶりですねクウト。元気そうで何よりです。……色々と、聞きたいことがあります」
彼女は魔族の手で、五回は故郷の森を焼かれている。




