第13話:限界勇者と魔族の子1
王都からの調査隊が、もうホヨラの町まで来ているらしい。そう聞いたのは、冒険者組合でのことだった。
相変わらず、半分以上を郵便局に占有されて肩身の狭い組合では冒険者達が依頼を受けたり情報交換をしている。
「近い内に調査で西に出るんじゃないのって話よ。それはそれとして、クウト君、バリオンさん達と魔物退治してみない?」
ネーアさんの提案にちょっと驚いた。顔に出ていたんだろう。すぐに説明をしてくれる。
「西の森の浅い地点の探索なのよ。調査の前に下調べしておいてくれってやつ。なんなら、魔物と遭遇しないでも報酬が出るわ」
「なるほど。つまり、ワシまで受けることはないということじゃな」
横で聞いていたエンネの方が先に納得してくれた。
「エンネちゃんの方は、薬草採取の依頼があるわよ。孤児院の子達と一緒。工場で干すのまで手伝ってほしいやつ」
「いつものやつじゃな。良いのではないか? ワシも多少は町に慣れてきた。後でここで落ち合えば良い」
俺も特に異論はなかった。見た目はともかく、エンネは大人だ。金銭感覚もしっかりしている。俺達が常に二人で行動することはない。
「じゃあ、それでやってみます」
特に問題は感じなかったので、気軽な気持ちで別行動することを決めたのだった。
魔物退治の依頼は話し通り簡単だった。
バリオンさん達に同行して、西の森を調査。主に、調査隊が通りそうなところを入念に調べることになった。
「連中の目的地は先にある山岳だからな。道を綺麗にしておきたいって話だ」
森の中を駆け回っていると、バリオンさんがそう教えてくれた。場合によっては、彼らは山越えも検討しているそうだ。
かつて魔王城が存在した西の山の向こう。魔物達がそれなりに残っているという話だが、それを確認するのだろうか。
いっそ俺とエンネで見に行ってしまおうか、という気持ちも湧く。いや、余計なことはしない方がいいだろう。神剣ルオンノータも、かつての魔王城跡地に導くことは一度もなかった。魔族はおらず、魔族界に行けなかった魔物が繁殖しているだけのはずだ。
魔物退治の依頼は予定通り、一日で終わった。見つけたのは獣型の魔物が一匹と、野生動物のみ。
西の森は思ったよりも治安がいいみたいだ。案外、この前のツインヘッドパイソンが群れでやってきていたら、今頃大変なことになっていたかもしれない。
「はーい。お疲れ様。王都からの依頼なんで、報酬もいいわよー」
「たまにはこういうのもないとなぁ」
戻って報告するとバリオンさんとネーアさんがそんなやりとりをしつつ、書類にサインをした。前は報酬はすぐ現金で貰っていたけど、最近は口座振り込みだ。ちょっとずつ懐に余裕ができてきているので。
「エンネはまだ戻っていませんか?」
「予定より早く帰ってきててね。マイサちゃんと街歩きしてるはずよ。美味しいものを教えてもらうって言ってたわ。噴水広場辺りにいくって」
「ありがとうございます」
どうやら、二人で出かけてしまったようだ。そういうこともあるだろう。
大体の場所は教えてもらったし、様子でも見に行こうか。
噴水広場は町の中心近く、冒険者組合からは遠くない。もし見つからなかったら戻ってくればいい。
そう考えて、俺はバリオンさん達に挨拶をしてから、組合を出た。
噴水広場は、ホヨラの町の中心近くに儲けられた憩いの場だ。公園のような緑はないけど、水場とベンチが置かれた異雰囲気の良い場所である。人々が待ち合わせに使ったり、近くで市が開かれたりと、いつも賑やかだ。
その中から二人を見つけるのは難しいかもしれない。なんとなく、仕事を終えた開放感で街歩きをしたい気分だったのだろう。
組合を出て十分もしないで噴水広場に近づくと、異様な気配に気がついた。
人だかりが出来て、なにやらざわめいている。中心に旅芸人がいる時のような盛り上がり方じゃない。もっと、良くない感じだ。
「あの、何があったんですか?」
「エルフの騎士が魔族の子達に因縁つけてるんだよ……。おっかねぇ」
その言葉を聞き、慌てて野次馬をかき分けて進む。
そこに、エンネとマイサがいた。対面しているのは白い鎧を来た男性エルフが二人。
マイサは地面に倒れ込み。それを起こしたエンネがエルフ達を睨んで叫んでいる。
「なんでじゃ! この子は昔の出来事に関係なかろうが!」
「エルフにとっては昔のことではない! 汚らしい魔族の子が往来を歩くだけで忌々しいのに、女王陛下から賜った鎧に触れたのだぞ!」
恐らく、マイサがエルフにぶつかったんだろう。故意じゃないはずだ。人通りが多い場所だし。それに、マイサの周りに荷物が散らばっている。エンネと楽しく買い物をして、浮かれて不注意だった可能性はある。
「ちゃんと謝罪したではないか! それに、鎧だって傷一つついておらぬ。それで殴りつけるのはやりすぎじゃろう!」
「黙れ! 貴様らに何がわかる!」
エルフの騎士がエンネを足蹴にする。それなりに勢いがあったが、彼女はびくともしない。
「こいつ……っ」
「おい、その辺にしとけ。今の時代、魔族だからってだけじゃ斬ることもできんのだぞ」
もう一人のエルフが周囲を見ながら言った。別に罪の意識があるとか、そういう感じではない。時代が時代なら切り捨てていた、そんな口ぶりだ。
長命なエルフの多くは、魔王戦の経験者が多い。それどころか、殆どが当時の生き残りだ。
百年以上前は人間にとっては昔話でも、エルフにとってはつい昨日のこと。故に、魔族に対する偏見や憎しみを持つ者は多い。
当然だ。大抵の場合、故郷や家族を容赦なく焼かれているからである。
「謝るのじゃ! 女の子の顔を殴ったんじゃぞ!」
「エンネさん、それは……」
何とかその場が収まりそうだったが、本気で憤っているエンネは更に抗議を重ねる。腫れた頬を抑えたマイサの方が冷静だ。
今のはまずい。火に油を注ぐようなものだ。
「貴様! 私に魔族に頭を下げろというか!」
野次馬たちの非難がましい視線に晒されたのもあるかもしれない。そうとう頭に来たようだ。エルフの男が腰の剣に手をかけた。まずい。
「やめてください」
俺は、野次馬の間を抜け出て、エンネ達の前に立った。
「……なんだ、貴様は」
「俺はこの二人の……家族のようなものです。さすがに剣を抜くのはやりすぎです。この通り、謝罪しますから、この場はこれで終わりにできませんか?」
周りの人々を見回しながら言う。それから頭も下げる。
剣に抜こうとする短気なエルフが怖いのか、人々は声をあげない。しかし、その態度は俺の発言を肯定しているように思えた。
周りを味方につければ、止まってくれるかな?
「貴様のような人間がいるから! 魔族に最も殺されたのは、お前達人間だろうが!」
「…………っ」
その言葉に、エンネが身体を震わせた。ただひたすら、地面を睨みつける。
「昔のことです。もし、気がすまないなら俺の首……は無理なので、腕一本で勘弁してくれませんか?」
服の袖をまくり、右腕を差し出す。
それを見て、少し冷静な方のエルフが少し落ち着いた様子で俺に聞く。
「人間、なぜそこまでする? 家族と言っても血の繋がりがあるようにも見えん。見た目からして、年月をかけて愛情を育んだようにも見えぬ」
「わかりません。俺は、そうすべきだと思っただけです」
「……貴様、名前は?」
「クウト、と申します」
「………………」
その名前を聞いて、怒っていたエルフが手を剣から離した。
「勇者殿と同じ名前を持つことに感謝しろ。……あの方を思えば、頭も冷えたわ」
そう言い残すと、エルフの騎士達は足早にその場を去っていった。
野次馬達も少しずつ減っていく。
あとに残ったのは、硬直したままのエンネと、心配そうにそれを見守るマイサだ。
「とりあえず、家に帰ろうか」
できる限りの明るい口調で、俺はそう言った。
上手く笑えているかは、自信がなかった。




