第11話:限界勇者とお医者さん2
ラカリ先生は、町では有名な医者だった。ルーンハイト王国の学院で学び、そのまま何年か経験を積んだ上でミスラート王国に戻ってきて開業。ホヨラの町に来たのは、西の森などで見つかる新種の植物に医薬品の可能性を見出してのことだそうだ。
小さな診療所を営む傍ら、ルーンハイトで学んだ最新の医療を惜しみなく同業者に伝え、街全体の衛生環境改善を領主に提案。その結果、領内では病気の発症率が減り、表彰されたこともある。
冒険者組合でそれとなく聞いた所、簡単にそんな情報が手に入った。
「頑張っておったが、魔法で病を治療されて意気消沈か。とはいえ、誰も責めることはできんのう」
「神聖魔法が使える者としては、複雑な心境だ……」
「お主のせいではあるまい。む、来たようじゃな」
組合の前で話していると、子供達が十人ほどやってくるのが見えた。先日あったマイサもいる。
今日の仕事は孤児院の子達と薬草採取だ。俺とエンネが危険そうな採取依頼を片付けた結果、こんな引率みたいな仕事が回ってきた。
「しかし、薬草採取の仕事が多いのう。この町……」
「それなんだけど、ネーアさんがちょっと調べたんだけどさ」
「こんにちは! まさか、お二人が噂の薬草屋さんだなんて思わなかったです! 今日は宜しくお願いしますね!」
詳しく話をする前に、マイサが挨拶をしてきた。
「後で話すよ。急ぎの用じゃない」
「そうか。では、先に仕事を片付けるとするのじゃ。子供達よ! 危険じゃからワシらからは離れないようにの!」
「なんでー、俺達とそんなに背が変わらないじゃん」
「俺のほうがでかいぞ!」
「あ、この前運んでくれた冒険者さんだ。ね、お礼言わないと」
「う、うん……」
もう全然言うことを聞いてくれない感じだ。まさに子供。
「ほら。みんな行くよ。魔物はいないけど、毒のある虫とか草には気をつけるように。勝手にいなくならないでね」
「はーい」
俺が言うと、何故か皆素直に言うことを聞いてくれた。
「なんでじゃ。お主ばかり」
エンネが抗議してくるが、俺にもわからないから答えようがない。
孤児院と冒険者組合が共同で仕事をするのは、社会貢献の意味合いが強いらしい。昔は、こうした経験を経て、冒険者になる孤児も多かったそうだ。今は普通に安定した職につく。
今も昔の名残として、この仕事は残っている。ちゃんと報酬が出るし、組合としては溜まりがちな採取依頼をこなすこともできる。
「へぇー。お二人だったんですね。町の北に住み始めたのって」
「うむ。ちょっと訳ありでの、町の外で暮らしておる」
「結構危なくないですか? あと、不便じゃあ?」
「平気じゃよ。魔物も獣も近づかん。生活に必要なものも揃っておるしなぁ」
木の実を取りながら、エンネとマイサが雑談をしている。どうやら、エンネは彼女のことを気遣っているようだ。わかりやすいくらい、魔族の証である角があるからな。
魔王を倒して百二十年。人と暮らすことを選んだ魔族はこちらの世界に残り、子孫を作った。元々、友好的な性質の者が多かったため、馴染んではいる。
しかし、根底にある差別意識は失われていない。家でそのことを教えたんで、気にしているんだろう。
「あの、今度遊びに行っていいですか? エンネさんに色々お話聞きたいです」
「ふむ。あやつが良いなら構わんが……」
こちらを見てきたので静かに頷く。既にエンネは自分が魔族であることを伝えたようだ。仲良くなるのは良いことだろう。
「良いみたいじゃの」
「やった! 今度お邪魔します! さ、頑張るぞー」
改めて、薬草を採取しようと思った時、何人か見かけないことに気づいた。
「エンネ。二人ほどいない。もしかして奥に行ったかもしれん」
「なんじゃと……。ここはワシが見る。本気で探せ」
俺は本気で探した。森や草の間にわずかに残る足跡や、人が通り折れた枝などを真剣に探る。勇者時代、こうして魔物や魔族を狩り出した経験は、それこそ数え切れない程ある。
おかげで、十分ほどで子供達は見つかった。割と直ぐ側で薬草を探していた。
中には、この前発熱していた子も含まれていた。
「あれ程言ったのに、駄目でしょう!」
戻るなり、マイサが顔を真っ赤にして叱り始めた。こころなしか、角が発光している。内包した魔力によるものだ。感情だけで発露するなんて、身体強化の才能があるかもしれないな。
「まあまあ、見つかったことじゃし。良いではないか。それで、なんでこんなことをしたんじゃ?」
俺の感想をよそに、エンネがその場を納めてくれた。マイサもそこで大人しく引き下がる。
「……先生のためなの?」
「先生? 孤児院のか?」
エンネが優しく語りかける。背丈はそれほど変わらないけど、態度や話し方に年齢差を感じる。
「ううん。ラカリ先生。先生、珍しい薬草を見つけると喜ぶから」
「元気を出して欲しくて……ごめんなさい」
その言葉を聞くと、もう怒れなかった。
◯◯◯
途中でトラブルは発生したものの、何とか無事に依頼は達成できた。
採取品を納品し、子供達を孤児院に送り届けると、もう日暮れ近い。
「報酬は控えめじゃが、気持ちの良い仕事じゃったのう」
「そうだな。たまには悪くない」
子供達の扱いに困っていたエンネが一番楽しそうだった。夕焼けが銀髪に反射して、うっすら赤く染めている。意外にも幻想的な姿だ。
「なんか、失礼なことを考えておらんか?」
「いや、むしろ褒めようとしたんだが」
「そうか。定期的に頼む」
下手なことをいうと面倒くさそうだから、後回しにした。
この帰り道、ラカリ先生の診療所の前を通るな。
そう思って、見てみたら、ちょうど親子連れがドアを叩いていた。
「先生! お願い! 開けて! 子供が吐いておかしいの!」
さすがに気になって近づくと、母親がぐったりした子供を抱えていた。詳しくわからないけど、良い状態ではないことは間違いない。
「お主、魔法でどうにかできんのか?」
「運命神は病を治す奇跡は最高位じゃないと無理なんだ……。できない」
運命神の神聖魔法において病の治療は蘇生と同レベルの最高位になる。天界に至る資格を得てしまった俺は、自身に神性があるとかでそこまでの奇跡を行使できなくなっている。神様が、別の神様の力を借りるのは非常に難しいとか、そんな理屈だ。
「先生開けてくれ! 急患だ! そこにいるんでしょう!」
「頼む! ワシらじゃ無理なんじゃ!」
室内にラカリ先生はいる。気配を感じる。こうなったら何とか開けて貰うしかない。せめて、診断だけでもして欲しい。そう考え、エンネと共にドアを叩いた。
「良かった。う……」
先日と違い、良くない雰囲気を漂わせたラカリ先生がドアの向こうに立っていた。酒臭い……。間違いなく飲んでいる。
「今日はもう閉店ですよ。他のところか神殿でも行って……」
一瞬、ラカリ先生の目が子供を見て止まった。
「と、とにかく。今日は酒を飲んでしまったので見れません……」
「運命を司る女神よ……ここに浄化の奇跡を……」
通常、解毒に用いる神聖魔法。あまり知られていないが、体内のアルコールを抜くこともできる。あんまりやると神様によっては怒る使い方だ。多分、ユーネルマ様は許してくれるだろう。
「酒は抜きました。治療をお願いします」
「あなた、神官なら病気を治してあげれば……」
憮然とした顔をするラカリ先生に、俺は頭を下げて頼み込む。
「運命神は病を治す奇跡を最上位にしてるんです。病には人の力で抗えと……。俺にはできないんです。見てあげてください……」
「…………わかりました。こちらへ」
仕方ないとばかりに、親子は診察室に入れられた。
診察は意外と短く済んだ。胃腸炎だろうとのことだ。
「沢山吐いたし、お腹もくだしていますから。水分をしっかり取るようにしてください。吐き気とお腹の痛みを抑える薬も出しておきます。食べ物は、消化の良いものを……」
俺達の見ている前でラカリ先生はテキパキと治療を施し。最後に、もし様子が変わったら来るようにいい添えて診察を終えた。
「お疲れ様でした」
「まさか、神聖魔法で酒を抜かれるとは思いませんでしたよ」
「さすがにあの子を見て、放っておけなくて……」
親子が去った後、片付けをしながらラカリ先生が苦笑しながら言う。病気になっている子供を見て俺も相当慌てた。普段ならそこまではしない。
「ラカリ殿。お前さんは立派な医者じゃ。ワシは見ておったぞ、病気の子供を見た時、顔が歪むのを。酒を飲まねば良かったと思ったのじゃろう?」
エンネが諭すような口調で言った。その表情は、いつもより柔らかい。
ラカリ先生は、近くにあった酒瓶を手に取り、少し迷ってから机の上に置いた。
「情けないですね。もうどうでもいいと思っていたのに。でも、仕方ないじゃないですか。僕達がどれだけ研究しても、魔法があれば病気を治せちゃうんだから」
「それで全てが解決するわけじゃないのは知っているはずです。病を治す奇跡は高額だし、どの神官でも使えるわけじゃない。むしろ、殆どいません」
「では、医者は神官の下位互換ですか?」
どこか投げやりな口調で言われた。違うと言いたいが、神聖魔法の使える俺の言葉で、納得してくれるだろうか。
悩んでいるうちに、エンネが口を開いた。
「むしろ、医者の方が必要な存在じゃとワシは思うがのう。魔法で病を治せる神官より、よほど確実に助けて貰える」
その通りだ。神官の役目は、医療行為じゃない。
それに、ラカリ先生は既に自身の手で、魔法以上のことを実現している。
「色んな人に聞きました。先生はこの辺りの衛生環境の改善をしたり、医療環境を整えたって。それは、どんな神殿でも、神聖魔法できなかったことですよ」
「しかし……」
言い淀んだ先生の前に、エンネが仁王立ちした。
「しっかりせんか! この前の孤児院の子供がなんで危険な植物に近づいたと思う? お主を励ますために、薬草を探しに行っておったんじゃぞ」
「…………」
それだけじゃない。今度は俺が話を続ける。エンネに話しそこねた、大事な情報を。
「今、ホヨラの冒険者組合は薬になるものの採取依頼が異常に増加しています。調べたら全部、この町のお医者さんからのものでしたよ」
「なんで……そんなことが……」
「先生が落ち込んでるのを知って、今度は自分達が頑張るって言ってるらしいですよ」
嘘ではない。本当の話だ。それだけ、ラカリ先生がこの町に貢献していたということだろう。組合のネーアさんが言うには、ある医者は「働きすぎて疲れたんだろうよ」と笑っていたそうだ。
面と向かって言われたことはないかもしれないけど、この人の頑張りを皆知っていたんだ。
「町も感謝状を出したそうじゃないですか。少なくとも、俺は貴方のやったことを無駄だとは思いませんよ」
「……少し、考えてみます。これからどうするかと」
それだけ残して、ラカリ先生は診療所の奥に向かっていった。
診察室に置かれていた酒瓶の中身を、流しに捨ててから。
それからしばらく後、ラカリ先生は診療所を閉じることになる。
領主や神殿から資金提供を受けて、より大きな病院を町に作るためだ。
その出資者には、かつて必死に治療した女性の実家。大きな商会の名も並んでいたという。




