第10話:限界勇者とお医者さん1
ホヨラの西で討伐されたトリプルヘッドパイソン。これはちょっとした騒ぎになり、町に警戒態勢が敷かれることになった。
西の山を越えた先にはかつての魔王城跡地があり、そこから魔物が来る。一般的にそう考えられており、定期的に活性化するからだ。
領主は王都に調査を正式依頼し、そのうち騎士団を中心とした調査隊が派遣されるとのこと。
そんな世間の動きとは別に、俺達の生活にも変化があった。
「はいこれ。エンネさんの冒険者証。住民登録もしておいたから」
いつものように採取依頼を受け等と組合を訪れたら、唐突にネーアさんからそれを渡された。
「ワ、ワシの分か? これはまたどうして?」
突然渡された金属のカードに、エンネが戸惑っている。彼女の登録関係は女王に依頼していたんだけど、動きが早くないか?
「バリオンさんから話を聞いてね。組合の方で動いたのよ」
片目をつぶって悪戯っぽく笑いながらネーアさんが言った。
「い、いいのか? ワシ、色々と訳あり……。魔族じゃぞ?」
バリオンさんの名前が出たからだろう。正直に言うとネーアさんは朗らかな笑みを崩さずに口を開く。
「大丈夫よ。結構多いのよ、先祖が魔族って人。それにクウト君は知ってるでしょ? 「勇者クウトは悪い魔族は殺さない」、バリオンさん達を助けた貴方は、悪い魔族じゃないと組合は判断しました」
「…………」
まさか、自分の行いに自分が助けられるとは想定していなかった。今の俺は、親がたまたま勇者と同じ名前をつけただけの別人ってことになっている。それで違和感なく過ごせているけれど、こんなこともあるんだな……。
「かたじけない……。嬉しいのう。皆の信頼を裏切らぬように心がけていかねばの」
眩しそうに冒険者証を見つめた後、大切そうに懐にしまうエンネ。それを見て、素直に良いことができたと思う。
「これで銀行口座も作れるのじゃ。生活しやすくなるのう」
「案外現実的だな……」
切り替えが早いし、思った以上に現実を見ている女だった。
「トリプルヘッドパイソンの報酬はちょっと待ってね。色々と話し合いをしてるんだけど、特別報酬が出ると思うから。口座はそれまでに作っちゃうといいわ」
そう言いながら、魔族や冒険者でも口座を作りやすい銀行まで教わってしまった。
「この後、バリオンさんからご飯呼ばれてるんでしょ? いっぱい食べてきなさい!」
最終的に、そんな風に送り出された。
俺達が向かったのは、組合のすぐ隣にある宿屋兼酒場だ。昔ながらの店という佇まいだけど、意外にも建物は新しい。
「ここは元々は冒険者組合の中にあった酒場が独立したんだ。だから、俺達には優しい」
「なるほどのう。そんな歴史が」
中に入るなりバリオンさんが予約してくれていた席に案内され、大量の料理が用意された。
時刻は昼。俺達が酒は飲まないと言ったら、とりあえず昼食を奢らせろと言われた流れである。
「改めて。今回は世話になった。感謝する」
「いえ。むしろエンネのことでお世話になったんじゃないかと……」
「俺はちょっと頼んだだけだ。判断したのは組合だからな。お前達の仕事ぶりが良かったんだよ」
やはり、エンネの住民登録を後押ししてくれたのはバリオンさんだったか。
本人は美味そうにエールなどを飲んでいる。ごつくて怖い見た目だけど、面倒見が良い人だな。
「ワシとしても感謝する。実はちょっと困っておったんじゃよ」
「なに、それこそ同族のよしみだ。しかし、二人とも、あれほど強いとは思わなかった」
「ここに来るまで、色々ありましたから」
「そうか。深くは聞かねぇよ」
俺が誤魔化すと、バリオンさんは軽く笑って受け入れてくれた。出自は問わない。仕事ぶりで判断する。昔ながらの冒険者気質の人だ。
「あの、クウトさん。運命神の信徒だったんですね。あたし、運命神の神聖魔法使える人って、初めてみたんです。色々と教わってもいいですか?」
さりげなく隣に来て聞いてきたのは、バリオンさんの仲間である神官さんだ。たしか、光の神の信徒だったはず。
「構いませんけど。あんまり面白くないですよ? 占いみたいな変わったものばかりですし」
「そんなのがあるの! 面白い。いえ、失礼な言い方をしてしまいました……」
「いえ、全然失礼じゃないですよ」
運命神は天気予報とか、矢を当たりやすくするとか曖昧な魔法が多いんだよな。効果がはっきりしないから、見せる機会も少ないし。
神官さんと話していると、俺に向けられた「圧」に気づいた。
「どうかしたか、エンネ」
「……なにも。話が合うようで何よりじゃ」
そう言うとエンネは手近にあった果実水に手を伸ばした。見た目が未成年だから、飲まない方針でいくことにしたらしい。
そんなこともありながら盛り上がっていると、酒の入ったバリオンさんがいつになく饒舌に語り始めた。
「実は俺は冒険者になる前は料理人でな。店を出す金を貯めようと冒険者をやってるんだ。まあ、妙に性に合ってやめられないんだが」
「バリオンさんの料理はとても美味しいんですよ!」
「ほんとほんと。早く店を作ってほしいのと、やめないで欲しいので複雑なんだよ」
バリオンさんと仲間たちがそんな話をし始めた。
驚きだ。あれほどの実力を持ちながら、前職料理人とは。
「冒険者としても相当の腕前のようじゃが、なんでまたこんな危険な仕事を選んだのじゃ?」
エンネも同じ疑問を持ったらしく、素直に聞く。
「実は料理修行の前に少し傭兵の真似事をしててな。この町は冒険者の仕事が思ったより沢山あるし、兵士も頼りないから続けてしまってるんだよ」
金の方は大分貯めてるんだけどな、と照れた様子でバリオンさんが言う。
「食べてみたいですね。バリオンさんの料理」
「うむ。美味ければ通いたいものじゃ」
「まったく。若いのに上手いこといいやがって。まあ、お前らみたいのが来てくれれば、俺も安心してやめるんだけどな」
そういうと、今度は仲間達が非難を始める。バリオンさんが店を出すまで、道は遠そうだ。
いつの間にか、自分の中に懐かしい、少し浮ついた気持ちがあるのに気付いた。
俺は今、この状況を楽しんでいる。同じ苦楽を共にした仲間と、食事をして盛り上がる。どれくらいぶりの経験だろう。
「なかなか楽しいことになってきたのう」
気分良さそうに肉料理に手を伸ばしつつエンネが言ってきた。俺は無言で頷いて、バリオンさんの店の構想などを聞くことに集中するのだった。
食事会は、思ったよりも長い宴になった。気がつけば夕方近い。
「今日はこのまま帰ろうか」
「そうじゃな。帰って茶でも飲むとするのじゃ」
なんとなく、満ち足りた気分で夕暮れの通りを歩く。横にエンネがいるのも随分と慣れてきた。彼女がたまに、悲しそうな顔で俺を見ることがあるけど、いつか減るといいと思う。
「む、あれは……」
先に気付いたのはエンネだった。通りの端を、子供が二人歩いている。エンネより背が高いけどまだ子供。一人は体調が悪いようで、支えられている。
気になったのは、どうにか支えている女の子の方だ。
その子の頭には、大きな角が生えていた。魔族の末裔であることは間違いない。
「あの、大丈夫ですか? あ、怪しくないです。冒険者で、いえ、冒険者もちょっと怪しいか……」
大変そうなので、つい気になってしまった。エンネも異議はないようで、無言でついてくる。
俺がどう説明しようか悩んでいると、女の子が軽く笑いかけてくる。
「ありがとうございます。できれば、この子をあそこの病院まで運びたいんです」
「わかった」
二人とも女の子で、調子が悪そうな子は比較的小柄だった。立っているのも辛そうなので、すぐに抱える。
「む……お姫様抱っこ……」
エンネが何か言っているが、それどころじゃない。
この子は明らかに発熱している。医療の発達が今一つのこの世界では、風邪をひくだけでも一大事だ。
「凄い熱だ。すぐに運ぼう。あっちだね」
「はい。ありがとうございます。でもあたし達、孤児院だからお金は……」
「こんなことで金など貰わんよ。なあ?」
エンネの言葉に頷きつつ、俺達は足早に病院に向かった。
到着したのは、こじんまりとした診療所だった。見た感じ、開けているのか不安だったが、中に入ると明かりがついていた。
清潔だけど、どこか不自然な室内に入る。
「大丈夫なのか? 妙に道具が少ないぞ」
エンネの言葉で理解した。この世界の病院は薬局も兼ねている。なので、診察室にも大量の薬草や薬が置かれていることが多い。建物が小さければ尚更だ。
ここにはそれがない。まるで、引っ越し前のようだ。
「ラカリ先生! 熱です! お願いします!」
女の子が叫ぶと、奥の方から長身の男性がぬっと顔を出した。
「ん。マイサか。よくうちになんかくるね。……まぁ、見せてごらん」
ぼさぼさの髪をかき分けながら、ラカリ先生と呼ばれた医師が、近くのベッドに患者を寝かすように促す。
素直にベッド上に女の子を寝かすと、すぐに診察が始まった。
「喉は腫れてないな……なんだろう……ああ、これかな」
すぐに結果は出た。ラカリ先生は、一度奥に行くと、緑色の丸薬と水の入ったマグカップを持ってきた。
「孤児院の仕事で森に入った時、赤い草で沢山切ったでしょう? あれで傷がつくと、熱と不快感が出るんだ。これを飲ませてね。あと、森に入る時は絶対に長袖だよ」
「そ、そうなんですか? ボクはなんともなかったけど」
「個人差があるからね。さ、ここで一つ飲んで。後は明日の朝。二日もすれば良くなるはずだ。様子がおかしくなったら……一応、ここに来てね。神殿でもいいけど」
そう言い残すと、ラカリ先生は奥へ引っ込んでしまった。治療は終わりらしい。
「ありがとうございます! またお代を払いに来ます!」
マイサと呼ばれた女の子は、大きな声で頭を下げると、すぐに薬を飲ませにかかった。
「すみません。帰りも背負ってもらっちゃって……」
「いいよ。たしか、近くだったよね。孤児院」
薬を飲ませた後、乗りかかった船とばかりに俺は女の子を背負って運ぶことにした。
まだ身体に熱はあるけど、少しずつ良くなる。寝息からそんな気配を感じた。
「しかし、やる気のない医者じゃったのう。大丈夫なのか?」
横を歩くエンネが呟く。実際、あれ以降彼が出てくることはなかった。
「ラカリ先生。前はあんな感じじゃなかったんです。すごいやる気があって。孤児院にも回診に来てくれてて」
「なにかあったのか?」
病院内は荒れていた。わかりやすくないが、静かに終わっていく気配を感じる様子だった。
「頑張って治療していた人がいたんです。色々調べて、お薬も取り寄せて。ちょっとずつ良くなっていたんですけど。ある日、ご家族が溜めたお金で神官様に治療の魔法を頼んだんです」
神聖魔法の上位のものには、病気を治す奇跡もある。相当な病気でも一発で治療する、まさしく奇跡だ。当然、使い手は少なく、費用は高額だ。
「それは……家族の人達も治って欲しい一心だったんだろうけど」
「わかってます。でも、ラカリ先生、それでやる気を失くしちゃって。たまに昼間からお酒飲んだりするようになって……」
「別に医者の存在が不要というわけではなかろう?」
「そうだけど。難しいな……」
ラカリ先生からすれば、自分の行いが全て否定されたように感じたのかもしれない。元気になった患者を見て複雑な気持ちになったことだろう。
「ボク達、元の先生に戻って欲しいんです。神官様だって、なんでも治してくれるわけじゃないですしね」
「それは間違いないのう。神官は医者ではないからの」
ラカリ先生はきっと良い医者だったんだろう。こんな若い子に慕われている。それは、彼のこれまでの仕事ぶりの結果によるものだ。
いつの間にか、孤児院の前まで来た。通り沿いの古い建物だ。
「ありがとうございます! ちょっと中に事情を伝えてきますね。あ、そうだ!」
さっきまでと打って変わって、笑顔になってこちらに名乗る。
「ボクはマイサって言います。今更名乗ってしまい、すみません!」
「ワシはエンネ。こっちはクウトじゃ」
「クウト!? 勇者様と同じ名前ですね!」
「別人だけどね」
そういうことにしておいた。
それから、孤児院内に病人を運び込んでから帰宅した。お礼とばかりに、野菜を沢山貰い、エンネが嬉しそうだった。




