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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点
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4.セシルの死

 セシルの住んでいる村で夏祭りがあった。

 そんなに大規模ではないが、広場に露店がいくつか出て、夜に出歩けるのだ。

 六歳なので夜は早く眠らなければいけないわたしにとっては、夜に出歩けるだけで、特別なイベントだった。


「おまつりなんて行ったことない。行ってみたいな、おねえちゃん」


 セシルにお願いすると、フード付きの上着を着せてくれて、髪や目が目立たないようにして村の夏祭りに連れていってくれた。

 小さな露店では、果物に飴をかけたものや、肉の串焼きが売っていた。

 食事はおじさんとおばさんの作ったものを食べていたが、町に行ったとき以来飴というものが好きになっていたので、果物に飴をかけたものは気になって足を止めてしまった。


「ガーネくん、あれ、食べたいの?」

「いいの?」

「買ってみようか」


 セシルがわたしにお金を握らせてくれて、好きなものを選ばせてくれた。わたしはマスカットに飴がかけられたものを選んで、セシルがこつこつと縫物をしてためたお金を使わせてもらって買った。

 広場のベンチに座って、飴を食べながらわたしは空を見上げていた。

 夏の空は澄んでいて、星がとてもきれいだった。

 夏祭りは満月の日に行われるので、大きな丸い月も出ている。


「星がきれいだね、おねえちゃん」

「夏場は星がよく見えるからね。月も出てるわ」

「月は、ぼく、なんとなくこわくてきらい」


 セシルの言葉に、飴を食べながらわたしはちょっと眉を下げた。

 セシルの家にある絵本にあったのだ。

 振り返っても振り返っても追いかけてくる月の描写。

 それが怖くて、わたしは月が苦手だった。


「なんで月が嫌いなの?」

「ぼくのこと、追いかけてくるから」


 セシルに聞かれて答えると、セシルが教えてくれる。


「月はガーネくんを追いかけてないよ」

「そうなの?」

「ガーネくんを見守ってくれているのよ」


 月に照らされながら、セシルが自分の手の平をわたしの目の前に持ってくる。わたしは色素が薄いので肌の色が白いが、セシルも月明かりの下では手が青白く見えた。


「月が出ていたら、どんな夜も、自分の手の平が見えるくらいには明るいの。月はそうやって帰り道を照らしてくれるんだよ」

「追いかけてこない?」

「追いかけて来ないよ」


 セシルがそう言ってくれるなら本当なのだろう。

 わたしは飴のかかった果物を食べてしまって、ベンチから立ち上がる。


「お月様が見守ってくれてる。かえろう、おねえちゃん」

「帰りましょう、ガーネくん」


 手を繋いで帰るときに、セシルの手をわたしは何度も見た。月明かりに照らされて、セシルの手は青白く光って見えた。


 何でも縫ってしまう魔法の手。

 なんでも作れるセシルの手は特別だとわたしは思っていた。


 平穏な生活は唐突に終わりを告げた。

 セシルとの暮らしが始まって半月後のことだった。

 わたしはずっとセシルと暮らしていけるような気分になっていた。

 けれど、セシルの家に剣を構えた男たちが押し入ってきた。


「ここに赤い目の子どもが隠れていると聞いた!」

「子どもを出せ!」


 クーデターを起こした国の残党がわたしを見つけてしまったのだ。

 殺されると思うと怖くて足が動かなくなる。

 右肩の傷がずきずきと痛む気がする。

 怖くて動けないわたしに、セシルが男たちに立ちはだかった。


「逃げて、ガーネくん!」

「おねえちゃん!」


 わたしを捕えようとする男たちは、セシルに容赦はしなかった。

 剣が降り下ろされて、血が飛び散る。

 セシルの体が傾いて、血塗れになって倒れる。わたしは血で汚れるのも構わずにセシルを抱き締めていた。


「にげて……ガーネ、く……」

「いやだ! 死なないで! おねえちゃん!」

「が……ね……」


 セシルの体から血が流れて、止まらない。

 怖くて、セシルを失う現実が信じられなくて、泣き叫ぶわたしを、男たちが捕らえる。


「おねえちゃん! おねえちゃん!」

「生かしておいて、皇帝代理との交渉に使うか?」

「ただで殺すのはもったいない」


 男たちの声が聞こえていたが、それよりも倒れて動かなくなってしまったセシルのことだけをわたしは考えていた。


「おねえちゃん! 死なないで! おねえちゃん!」

「うるさいっ! 黙れ!」


 男の一人がわたしの頬を叩いて、わたしの体は簡単に吹っ飛んでしまう。床に倒れて動けないわたしに、男はこれからのことを話そうとしていたようだったが、そこに剣を持った数人の兵士たちが現れた。

 兵士たちは速やかに男たちを片付けて、床に倒れているわたしを恭しく抱き起した。


「皇太子殿下、お迎えに参りました」

「おねえちゃんを! おねえちゃんを助けて!」


 自分のことよりも動かなくなったセシルのことが心配で、泣き叫ぶわたしに、倒れているセシルの傷を見て、脈を測って、兵士が残念そうに首を振る。


「ダメですね。もうこと切れています」

「おねえちゃんを助けて! おねがい! おねえちゃんを!」

「皇太子殿下、この少女はもう死んでいます」

「うそだ! おねえちゃんはぼくとずっと一緒にいるんだ! けっこんするんだから! おねえちゃん! おねえちゃん!」


 どれだけ呼んでもセシルはピクリとも動かない。

 狂ったように泣き叫ぶわたしに、駆け付けたおじさんとおばさんがセシルに駆け寄る。


「セシル!? セシル!?」

「どうして!?」


 おじさんもおばさんも取り乱している。


「皇太子殿下を保護してくださってありがとうございました。彼女のことは残念です。皇太子殿下を守った彼女を皇帝陛下代理が必ずや、相応のお礼をしてくれることでしょう」

「そんなものいるか!」

「セシルを返して!」


 泣き叫ぶおじさんとおばさんに、わたしも涙が止まらない。

 兵士たちと共にわたしも追い出されてしまって、わたしはセシルにお別れも言えないままに、帝都に連れ帰られた。


 どれだけ兵士がわたしを着替えさせようとしても、わたしは絶対にセシルが作ってくれた服を脱がなかった。お風呂にも入らなかったし、血塗れであろうとも構わなかった。

 この服だけがセシルとわたしを繋いでいる。

 もう涙も出てこなかった。


 悲しみが過ぎるとひとは泣けなくなるらしい。


 皇宮に連れ帰られたわたしを侍女たちが着替えさせようとしたが、わたしは獣のように暴れ回って絶対にセシルに作ってもらった服を脱がなかった。

 それを見て、母がわたしを抱き締めた。


「あなたが無事でよかった。その服は大事な服なのですね」

「そうです」

「それでは、絶対に破いたり処分したりしませんから、その服を洗わせてください」

「いやです」

「疑っているのならば、洗っているところをずっと見ていて構いません。干して乾くまでも見ていて構いません」

「ずっと見ていていいんですか?」

「あなたが納得するならば、ずっと見ていて構いません。だから、その服を洗ってから、もう一度着ましょう」


 母の説得に応じて、わたしはやっとセシルに作ってもらった服を脱いで、お風呂に入れられた。お風呂で体を洗っていると、セシルの血がこびりついていたのが流れていく。

 セシルはわたしのせいで死んでしまった。

 そのことを考えると、息をするたびにガラスの破片を飲み込むように苦しい。


 お風呂から出て着替えたわたしは、洗濯をする使用人が丁寧にセシルの作った服を洗って、染み抜きをして、絞って干すのを見届けた。

 干している間も、なくなるのが怖くてずっと見ていた。

 乾いた服をわたしは着ることができなかった。


 セシルの縫ってくれた、わたしの厄が避けられるようにと青い蔦模様の入った服。それを着る資格はもうわたしにはないのではないかと思ってしまう。

 わたしのせいでセシルは死んだ。わたしを庇って殺されてしまった。


 セシルの縫ってくれた服を着ることはできず、それでも手放すことはできなくて、わたしはずっと青い蔦模様を撫でてセシルの作ってくれた服を手元に持っていた。

 食事も何日もとっていなかったが、全くお腹は空いていなかった。

 倒れそうになるわたしに、母が食事を口に運んでくれるので、仕方なく食べているが、味が全く分からない。

 砂でも食べているような気分だった。


 セシルと一緒に食べた食事が恋しい。

 セシルが恋しい。

 セシルに会いたい。


 でも、もう二度とセシルに会うことはできないのだ。


 喪服を着せられて父の葬儀に出るときも、わたしはセシルの作った服を手放せなかった。母はわたしのために布のバッグを作って、セシルの作った服を畳んでいつも持っておけるようにしてくれた。

 この服がわたしの千切れそうな神経を何とか繋いでいると母は見抜いたのだ。


「おねえちゃんのところに行きたい……」


 小さく呟くわたしに、母は涙ぐんでいるようだった。

 夫を失って、息子は傷付いて帰ってきた。母が一番苦しい立場なのに、母は必死でわたしを生かそうとしてくれていた。

 母の手で食事を食べさせられて、数日経つころにはわたしは諦めて自分で食事をするようになっていた。

 食べ物の味は全く分からない。

 ただ生きなければいけないから義務的に口に運ぶだけだ。

 セシルに救ってもらった命を無駄にするわけにはいかない。

 それでも、無性にセシルに会いたくなって、そんなときにはバッグから染み抜きしても血の染みが抜けなかったセシルが作った服を取り出して、青い蔦模様の刺繍を指でなぞった。

 これはセシルがわたしに作ってくれたもので、わたしが手元に持っている唯一セシルを思い出させるものだった。


 セシルはもういない。

 父ももういない。


 何もかもがどうでもよくなってしまいそうなわたしを、セシルの刺繍がなんとかこの世界に繋いでいた。


読んでいただきありがとうございました。

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