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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
一章 ご寵愛の理由
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9.アレクサンテリ陛下とお呼びして

 目が覚めたら泣いていた。

 寝ている間に涙が出るのはよくあるのだが、目が腫れていないか気にしながらわたくしは洗面を済ませて、着替えをした。

 昨日注文した服はまだ出来上がっていないので、サイズが若干合わないこの部屋のクローゼットに入れてあった服を着せてもらったが、生地も上等で縫製も丁寧なので肌にはよく馴染む。

 朝食は食堂に呼ばれて皇帝陛下と一緒だった。


「おはよう、レイシー。昨晩はよく眠れたかな?」

「はい、ゆっくりと休ませていただきました」


 あんな広いベッドでふかふかの布団に寝かせてもらえるなんて、さすが皇宮の皇帝宮である。ベッドが広いのは皇帝陛下との夜のためだろうと思うとそわそわしてしまうが、わたくしが連れて来られたのは皇帝陛下のお子を産むためなのだからそこに関しては腹を括らねばならないだろう。

 新鮮な卵や美味しいハムやベーコン、サラダにフルーツの朝食を美味しく食べていると、皇帝陛下がわたくしを見つめているのに気付いた。

 食べ過ぎただろうか。

 出されている量食べているつもりで、皇帝陛下とわたくしの出されている料理の量は違うのだが、貴族の令嬢のマナーで「小鳥のように小食であるべし」というのがあった気がする。一昔前のマナーで、貴族の令嬢は人前で食事を食べるのを最小限に抑えるのが美しいのだという教えである。

 わたくしは美味しいものは美味しいと思っていただくし、残すのはもったいないと思ってしまうのでしっかりと食事は食べていた。


「皇帝宮の料理が口に合ったようでよかった。レイシーは本当に美味しそうに食べる。もっと食べさせたくなってしまうな」

「皇帝宮のお料理はとても美味しいです」


 もっと必要ではないが、たっぷりの美味しい料理はわたくしの心を豊かにしてくれるようだった。

 ソフィアにも食べさせてあげたい。

 わたくしが皇宮に連れて来られてからソフィアはどうしているのだろう。わたくしの大事なたった一人の妹。本当ならばどこかいい家に嫁がせてやりたかったが、わたくしが皇帝陛下に望まれてしまったので、ソフィアが婿を取って家を継ぐしかなくなってしまっている。

 ソフィアのことを考えていると、皇帝陛下がわたくしに申し出た。


「わたしのことは、そろそろ名前で呼んでくれないかな?」

「え!? 無理です!」


 思わず即答してしまった。

 皇帝陛下を名前で呼ぶだなんて不敬に当たらないだろうか。そもそも何とお呼びすればいいのだろう。

 フォークを持って固まってしまったわたくしに、皇帝陛下が優しく言う。


「わたしの名前は、アレクサンテリ・ルクセリオン。知っていたかな?」

「はい、存じ上げております」


 この国の唯一の皇帝陛下なのである。知らないものはいない。

 知ってはいるが、そのお名前を呼ぶ名誉を与えられても、わたくしは困ってしまうだけである。戸惑っていると、皇帝陛下が上機嫌で言ってくる。


「アレクサンテリでも、アレクでも構わない」

「構います! そのようには呼べません!」

「わたしの名前を呼んでくれないのか? わたしはまた名前も呼んでもらえないままに一緒に過ごすのか?」


 また?

 何のことを言っているのだろう。

 皇帝陛下はこれまでにも名前を呼ばれなかったことがあったのだろうか。


 なにか気にしている様子なので、わたくしは勇気を出して口に出してみた。


「あ、アレクサンテリ陛下」

「陛下は必要ないのだが」

「いえ、必要です。アレクサンテリ陛下はとても尊い御身なので、呼び捨てになどできません」


 必死に言い募ると、アレクサンテリ陛下は一つ小さくため息をついた後に、目元を朱鷺色に染めて微笑んだ。


「アレクサンテリ……レイシーが呼ぶとわたしの名前が特別になったような気がするな。やっと呼んでもらえた」


 嬉しそうにしているので言葉ははさまなかったが、アレクサンテリ陛下は誰かとわたくしを間違えているのか、重ねているのではないだろうか。

 頑なにアレクサンテリ陛下が結婚をしないと言っていた理由。それは想う方がいて、その方との間になにかあって結ばれなかったからではないのか。

 その方の代わりにわたくしが召し上げられたのだとすれば、納得ができる気がする。


 朝食を終えると、わたくしの部屋にミシンが運び込まれてきた。

 憧れの足踏みミシン。


「こちらに置いてください。明るいところの方が縫い目がはっきり見えるので」


 配達してきてくれた業者の方にお願いして、部屋の明るい場所に設置してもらうと、わたくしの部屋が作業部屋になったようで嬉しくなる。ミシンの運び込みにはアレクサンテリ陛下も同席していた。

 曰く「若い男性がレイシーの部屋に入るのは気になる。見届けさせてもらう」とのことだったが、わたくしが配達業者の方とどうにかなるはずがないし、部屋には侍女もいるのだが、アレクサンテリ陛下はどうしても同席すると言い張った。


「本物のミシンですわ。憧れていたのです。本当にありがとうございます」

「レイシーが欲しいならばレイシーのための縫物部屋を作ってもいいのだが」

「それは必要ありません。この部屋で十分です」


 ただでさえ広いこの部屋は、ミシンを入れても、がらんとしていた。

 明るい場所にミシンを置いてもらったが、この部屋は夜も灯りがともされて、ランプのオイルを節約しなければいけないような生活ではなかったことを思い出した。それでも自然光の下で生地の色や縫い目を確認するのは大切なことである。


「このミシンでわたしのジャケットを作ってくれるか?」

「はい! 買っていただいたお礼に、最初のご注文はアレクサンテリ陛下からお受けいたします。どのようなジャケットがよろしいですか?」

「わたしが一番格好よく見えるジャケットだな」

「アレクサンテリ陛下はそのままでもとても美しくて格好いいのですが」


 呟いてから、わたくしははっとする。

 容姿を褒めるのはあまりお行儀のいい行為ではなかったかもしれない。容姿は生まれ持ったもので変えることができないので、それに優劣をつけるのは避けるべき行為だとマナーの授業で習っていた。


「レイシーにはわたしが美しく格好よく見えているのか……。それは嬉しいな」


 頬を緩めるアレクサンテリ陛下に、わたくしは胸を撫で下ろした。不快にはなっていないご様子だ。


「アレクサンテリ陛下は白い服をお召しになっていることが多いのですが、白がお好きですか?」

「いや、これは純粋な白い色を出すのは難しいので、高級品として皇帝のために織られている布なのだ。特に白が好きなわけではないが、これを着ると周囲が喜ぶのでそうしている」

「お好きな色はありますか?」

「青と……黒と紫かな」


 青と黒と紫。

 どれもアレクサンテリ陛下に似合いそうだが、やはりアレクサンテリ陛下は白い服に赤と金の縁取りが一番似合う気がする。


「白を基調として、差し色を考えてみますね」

「よろしく頼む。レイシーの作ったジャケットを着られるだなんてとても幸せだ」


 本当に嬉しそうにしているのは、アレクサンテリ陛下の目元が朱鷺色に染まっているのでよく分かる。アレクサンテリ陛下は肌の色も非常に色素が薄く白いので、微笑むと目元が朱鷺色に染まるようだった。

 これまで美しいお顔は眩しすぎて直視できていなかったが、今日になって少し慣れてきて見ることができるようになっていた。


 アレクサンテリ陛下は執務に向かわれて、わたくしは皇宮の仕立て職人から布を選ばせてもらって、糸や裁縫道具も仕入れてもらうように手配して、午前中を過ごした。

 午後からはラヴァル夫人がやってきて、わたくしに妃教育を行った。


 貴族の学園で習ったことがとても役に立ったが、まだ足りないところもあるので語学や歴史などをさらに深く学んでいく。


「レイシー様はマナーに関してはわたくしが教えることは何もないようですね。ダンスはお得意ですか?」

「あまり踊ったことがないのですが、学園で学んだ程度はできます」

「乗馬は?」

「乗馬!? 馬に乗っていいのですか!?」


 貧乏子爵家とはいえ、わたくしは貴族教育の一環として乗馬の訓練は受けていた。馬と触れ合うのは大好きだったので、皇宮に来て馬に触れあえるだなんて思わなかった。


「皇帝陛下がレイシー様のために馬を一頭用意されております。ジャケットのお礼と仰っていました」

「ジャケットはミシンのお礼なのに」

「レイシー様、これからレイシー様は様々な贈り物を受け取ると思います。皇帝陛下のみならず、貴族たちからも。皇帝陛下からの贈り物に関しては、感謝して全て受け取ることをお勧めいたします。それ以外の貴族からの贈り物は、皇帝陛下かわたくしにご相談ください」

「はい、必ずご相談します。教えてくださってありがとうございます」


 そうだった。

 わたくしは皇帝陛下の一人目の側妃か妾妃になるのだ。

 貴族たちが揃って媚を売ってきてもおかしくはない。それをアレクサンテリ陛下の利害関係を踏まえて、受け取るか受け取らないかをわたくしは今はまだ判断できない。判断はアレクサンテリ陛下かラヴァル夫人に任せるのがいいだろう。


「それにしても、アレクサンテリ陛下は何が起ころうと眉一つ動かさない冷徹な皇帝陛下だとお聞きしておりましたが、とてもお優しいし、表情豊かな方で、噂とはあてにならないものだと理解しました」

「……皇帝陛下が、お優しくて表情豊かなのはレイシー様の前だけ……いえ、なんでもありません。レイシー様と皇帝陛下が仲睦まじいようで安心いたしました。お名前で呼ぶことを許されているご様子ですし」

「そうなのです。わたくし、アレクサンテリ陛下に名前で呼ぶように言われたのですが、不敬ではなかったでしょうか」


 なんだか、アレクサンテリ陛下が優しくて表情豊かなのはわたくしの前でだけというようなことを言われた気がしたが、それよりもわたくしはアレクサンテリ陛下の名前を呼ぶことが失礼に当たらないかラヴァル夫人に確認することを優先してしまった。


「皇帝陛下もお喜びだったでしょう? レイシー様は妃となられるのです。お名前でお呼びすることが皇帝陛下の望みでしたら、叶えるのも大事なことです」


 ラヴァル夫人に太鼓判を押されて、わたくしはそっと胸を撫で下ろした。

読んでいただきありがとうございました。

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