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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
三章 ご寵愛の末に
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26.セシルの夢を見なくなった理由

 セシリアが生まれて三日後がアレク様の生誕祭だったが、わたくしは参加することはできなかった。出産後すぐなので、休んでいるようにとアレク様に言われたのだ。

 ベッドからは起き上がれるようになっていたので、日中は子ども部屋でセシリアと過ごして、夜はシルヤにセシリアを預けて眠る日々が始まっていた。


 本当は夜もセシリアと過ごしたかったのだが、わたくしがぐっすりと眠れないので、アレク様は夜はシルヤにセシリアを任せるようにと言い渡した。

 完全に世話をすることは難しかったけれど、シルヤや侍女の手を借りながら、わたくしは少しずつセシリアの世話をした。


 セシリアが初めて背中まで流れるような大量の便をしたときには、どうすればいいのか分からなくて戸惑ってしまったが、シルヤが素早く洗ってくれて、着替えさせてくれた。


「オムツから漏れることもあるのですね」

「女の子だから安心ですが、男の子だとオムツを開けた瞬間におしっこをすることもあって」

「そうなのですか!?」


 次は男の子が欲しいと思っているので、わたくしは覚悟しなければいけないと思っていた。


 母乳を上げられるときにはセシリアには母乳を上げているが、シルヤが世話をしてくれているときにはミルクを飲ませている。哺乳瓶でも嫌がることなく飲んでくれるセシリアに安心はするのだが、少しだけ寂しくもある。

 母親としてわたくしが特別だと思ってほしい気持ちはあった。


 生誕祭が終わると、アレク様の執務も少し落ち着いてきた。

 アレク様はセシリアに絵本を読んであげたり、泣いているのを抱っこしてあやしたりしてくれて、セシリアのことを本当にかわいく思っているのだと分かる。

 セシリアもアレク様に抱っこされているときは大人しいし、絵本を読んでもらっているときには楽しそうに手足を動かしていた。


「セシリアはやっぱりあの二冊の絵本が好きなようだね」

「お腹の中にいたころに読んでもらっていたのを覚えているのですよ」


 アレク様はセシリアが大人しく聞いている擬音の多い二冊の本を、飽きることなく何回もセシリアに読んで聞かせていた。


 セシリアが生まれてから、わたくしには大きな変化があった。

 セシルの夢を見なくなったのだ。

 わたくしがセシルの生まれ変わりかどうかは分からないけれど、わたくしには夢で見ていたのでセシルの十六年分の記憶がある。その記憶もなんとなく薄れてきている気がする。

 セシリアを産んだことで、わたくしはセシルとは完全に離れてしまったのかもしれない。


 夢の中でガーネくんのことを見ることはなくなったけれど、わたくしのそばにはアレク様がいる。常にわたくしを思いやってくれて、優しく誠実なわたくしの夫。


 セシルの夢を見なくなったことに関しては、アレク様にも報告した。


「セシリアを産んでから、わたくしはセシルの夢を見なくなったのです」

「セシルのことは覚えている?」

「覚えていますが、夢の中ではセシルのことを自分だと思っていたのが、そういう感覚がなくなって、知り合いのような気持になっています」


 正直なところをわたくしが話すと、アレク様は穏やかにそれを聞いてくれた。


「セシルは満足したのかもしれないね」

「満足?」

「自分が生きたかった社会に、この国が変わっていって、『ガーネくん』には子どもが生まれた。セシルはそれを望んでいたのではないかな」


 セシルの心残りがわたくしにセシルの夢を見させていたのだろうか。

 アレク様がそういえばそのように感じられてくる。


「アレク様、セシルはわたくしとアレク様が幸せなのを見届けたのでしょうか」

「そうだったらいいと思うよ」

「わたくしの中にいるセシルは、このまま消えてしまうのでしょうか」


 幼いころからセシルの記憶を夢で見ていたので、わたくしの中ではセシルはわたくしの一部のように感じられていた。

 それが消えてしまうとなると寂しい気がする。


「アレク様と出会えたのだって、セシルの記憶があったからです」

「わたしは、これでよかったんじゃないかと思うんだ」

「アレク様?」

「セシルはわたしとレイシーの間を繋いでくれた。刺繍という形で、糸を結ぶようにわたしとレイシーの運命を結んでくれた。それがなかったら、わたしは一生誰も愛することはなかっただろうし、生きながらに死んでいるようなものだった」


 セシルがガーネくんを庇って死んでから、アレク様はずっと食事の味も分からず、泣くこともできず、誰にも心許さず生きてきた。

 それはセシルの望むところではなかった。

 セシルの魂がこの世に残っていたとしたら、ガーネくんの幸せを願っていたのではないだろうか。

 わたくしとアレク様の間を結んだのも、セシルがガーネくんの幸せを望んだからだと思うとしっくりくる。


「セシルは満足して天に召されたのでしょうか」

「そうかもしれないし、レイシーの魂と溶け合ったのかもしれない」


 わたくしがセシルの生まれ変わりだとすれば、わたくしの魂は元はセシルだったということになる。その魂にレイシー・ディアンという人格が上書きされたが、元のセシルの記憶も残っていた。

 それは、セシルが遺して行ってしまったガーネくんの幸せを願ってのことだったなら、アレク様が幸せになったことを確かめて、わたくしとセシルは今、融合しているのかもしれない。


 そう考えると納得できる気がした。


「セシルのことを遠い知り合いのように思うようになっても、セシルが残した刺繍の図案も、技術も、わたくしの中にあります」

「そうだね、レイシー。レイシーにはずっと刺繍を続けてほしい」

「セシリアがもう少し大きくなったら、セシルのいた村に行きましょう。セシルの両親にセシリアを見せて、セシルのお墓にも報告しに行きましょう」

「わたしもそれを考えていた。そのころには、あの村の工場も立派に稼働しているだろう。その視察も兼ねて行きたいね」


 セシルの夢だった女性が自立して暮らせる社会。

 それが少しずつ近付いて来ているのは確かだった。


 わたくしはもうセシルの夢を見ないのかもしれないが、セシルが残してくれたものはたくさんある。それを大事にしていこうと思っていた。


 春が過ぎて、夏になって、わたくしが結婚してから一年が経とうとしていた。

 わたくしはセシリアのベビードレスとアレク様の衣装とわたくしのドレスを縫い上げていた。

 子ども部屋でセシリアの様子を見ながら縫物をするのはとても神経を使うが、慣れてくればどんなときに中断されてもセシリアのところに駆け付けることができた。この世で一番セシリアのことが大事だし、セシリアを重要視したいという気持ちは間違いなかった。


 わたくしが作っていたのは、ソフィアの結婚式に参加するための衣装である。

 本当はソフィアの結婚式の衣装も作りたかったのだが、まだ無理をしてはいけないとアレク様に言われて、デザインだけをソフィアに送った。ソフィアは仕立て職人さんにドレスを作ってもらって、セシルのいた村に建てられた工場で作られた花冠を被って結婚式を挙げるようだった。


「アレク様、縫い上がりました、試着してください」


 帰ってきたアレク様に出来上がったばかりのジャケットを差し出すと、苦笑されてしまった。


「ただいま、レイシー」

「あ! おかえりなさい、アレク様。すみません、出来上がったのが嬉しくて、挨拶がまだでした」

「レイシーのそういうところが好きだよ」

「わたくしもアレク様が大好きです」


 抱き締められてわたくしは頬を染める。アレク様の口付けが頬に振ってきて、わたくしは目を閉じた。

 ベビーベッドでは青い蔦模様の刺繍の入った産着を着たセシリアが眠っていた。

読んでいただきありがとうございました。

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