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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
三章 ご寵愛の末に
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22.わたくしの妊娠とガーネくんの誓い

 わたくしの妊娠疑惑からアレク様がものすごく過保護になった。

 それまでもものすごく優しくされていたのだが、階段では手を貸すのでは足りなくなって、抱き上げて上り下りするようになってしまったし、靴も一番踵の低いものだけを履くように言われてしまった。


 レナン殿と婚約していたときには、わたくしの身長が高めでレナン殿の身長が高くなかったので、踵のある靴を履くことを禁じられていたが、わたくしが転ぶのを危惧して踵の高さを指示されるのは嫌ではなかった。

 お誕生日のお茶会から一週間くらいして、わたくしは本格的に悪阻が出てきたようだった。とにかく食べ物の匂いで気分が悪くなってしまう。食べられるのはフルーツとヨーグルトくらいだったが、アレク様は朝食の席でわたくしと同じものを食べるようになった。


「アレク様が倒れてしまいます。アレク様は普段通りのものを食べてください」

「同じ部屋で食事をしているのだから、わたしが普段通りのものを食べていたら、レイシーはその匂いで気分が悪くなってしまうだろう? 心配しなくていいよ。皇宮に行ってからもう少し食べるから」

「ですが……」

「レイシーは何も心配しないで。自分の食べられるものを食べて」


 優しすぎるアレク様にわたくしは何も言えなくなってしまう。

 悪阻がはっきりと出るようになってから、わたくしが妊娠したことが公表された。

 夏にアレク様とわたくしが結婚して、秋には妊娠に至ったことに、国中はお祭り騒ぎになっているようだった。


 皇帝宮に訪ねてきた、皇太后陛下とカイエタン宰相閣下には泣かれてしまった。


「皇帝陛下の家族になってくれただけでなくて、皇帝陛下に新しい家族を授けてくれてありがとうございます」

「まだ生まれていません。気が早いです、皇太后陛下」

「皇帝陛下はずっと孤独のままに生きられるかと思っていました。皇帝陛下のお子はわたしにとっても孫のようなもの。皇后陛下、お体を大事にされてください」

「ありがとうございます、カイエタン宰相閣下」


 交互に手を握られて、皇太后陛下とカイエタン宰相閣下が泣くのを見ていると、わたくしはかけがえのないアレク様のお子をお腹に宿しているのだと実感できた。

 医者からはできるだけ体を動かすようにと言われていたので、わたくしの生活はそれほど変わらなかった。

 家庭菜園の世話もしていたし、庭の散歩もする。縫物もしているし、刺繍もしている。

 変わったのは、作るのが赤ちゃんのための産着やベビードレスや靴下になったことくらいだ。

 どれも青い蔦模様の刺繍を入れて、赤ちゃんが厄を避けられるように願いを込める。


 わたくしの懐妊の報せを受けて、国中の貴族や属国の王族や要人からお祝いの品が届いたし、他国からもお祝いの品が届いたが、それらはわたくしが受け取っていいものか分からなかったのでアレク様に判断を任せることにした。

 アレク様は贈り物のリストを見て、的確に指示をしていた。


「貴金属や宝石類は売って、その金を孤児院への寄付金としよう。子どものおもちゃ類も自分たちで揃えたいから、孤児院に寄付することにしよう。服もレイシーが作ったものしか必要ないな。全部売って、その金が国民に還元されるようにしよう」


 遠回しな受け取り拒否だったが、寄付をするとなれば送った側も文句は言えないだろう。アレク様はさすが皇帝陛下を十年以上やっているだけはあって判断力があった。


 わたくしも異存はなかったのでその通りにしてくださるようにお願いした。


 たった一つ、わたくしが受け取ったのは、両親から送られてきた、赤ん坊用のファーストシューズだった。歩くようになった赤ん坊が初めて履く靴を、柔らかな革で作ってあって、それだけはわたくしは大事に受け取った。


「靴は作ることができませんし、わたくしの両親からですもの」

「レイシーのご両親からのものは大事にしておこうね」

「まだ生まれてきていないのに、歩くときのことまで考えるだなんて、両親も気が早いですが」


 くすくすと笑いながら、まだ膨らみのないお腹を撫でていると、アレク様がじっとわたくしの手を見つめる。


「レイシー、触れてもいい?」

「まだ動いたりしないし、お腹も膨れていませんよ?」

「それでも、触れたい」


 お願いされて、わたくしはアレク様の手をわたくしのお腹に導いた。手に手を重ねてわたくしのお腹をワンピース越しに触らせると、アレク様が神妙な顔をしている。


「母上をあまり困らせるんじゃないよ」

「聞こえていませんよ」

「健康に生まれてくるんだよ。父上も母上も、待っているからね」


 真剣にお腹に話しかけるアレク様にわたくしはおかしくなって笑ってしまった。



 その夜、夢を見た。

 夢の中で、ガーネくんがわたしに抱き着いて眠っていた。

 わたしはガーネくんの髪を撫でながら、まどろんでいた。


「いつか、わたしが結婚して子どもを産むことがあったら……」


 小さく呟いて、わたしはゆるゆると首を振る。


「結婚なんてしない。結婚なんて女の墓場だわ」


 両親のことは好きだったし、尊敬もしていたが、結婚をすれば女は子どもを産み育て、家事をして、家庭に入り、夫の仕事を支えるという社会の風潮が好きではなかった。

 わたしは自分の好きなことをしたかったし、自分で自立して生きていきたかった。


 お針子になりたいという夢も叶えられることができないわたしにとって、それがどれほど難しいことかは、分かっているつもりだった。


「おねえちゃん、赤ちゃんがほしいの?」

「ガーネくん、起きてたの?」


 目を覚ましたガーネくんが眠い目をこすりながら問いかけるのに、わたしは苦笑する。


「赤ちゃんはかわいいと思うけど、自分が産むのは想像できないな。ガーネくんみたいなかわいい子だったらいいんだけど」

「ぼくとけっこんしたら、ぼくそっくりな赤ちゃんがうまれるかもしれないよ!」

「ガーネくんと結婚か。結婚できるまでに十二年もかかっちゃうね」


 そのときにはわたしは二十八歳である。

 女性としては婚期を逃したと言われてもおかしくない年齢だった。


「わたしは、一生結婚はしたくないかな」

「どうして?」

「結婚したら、自由じゃなくなっちゃうからね」


 本音を口に出すと、ガーネくんが問いかけてくる。


「どうしてけっこんすると自由じゃなくなっちゃうの?」

「女のひとは結婚したら、子どもを産んで育てて、家庭に入らなきゃいけないの。夫に従わなきゃいけないし、夫の仕事を支えないといけない。わたしは夫の仕事を支えるんじゃなくて、自分で仕事をしたいんだ」

「女のひとはどうして、夫にしたがわないといけないの?」

「なんでだろうね。そういう社会だからかな」


 そういう風習なのだと言ってもガーネくんには分からないのかもしれない。

 説明する言葉に困っていると、ガーネくんが口を開いた。


「ぼくが変えるよ」

「え?」

「ぼくが、この国を変える。そしたら、おねえちゃんはぼくとけっこんしてくれる?」


 ガーネくんが本当にこの国を変えられるとは思わなかった。国を変えるには時間がかかるし、権力だってお金だって必要だ。

 たった六歳のガーネくんにそれができるかといえば、不可能だとしか思えない。


「そんなことはいいから、寝ちゃおう。明日、起きれなくなるよ?」

「おねえちゃん、へんじして!」

「はいはい、そんなことがあったらね」


 ガーネくんを眠らせたい一心で、適当に返事をすると、ガーネくんは納得したのかまた眠ってしまった。



 夜中に目を覚ましてから、わたくしはわたくしを抱き締めて眠っているアレク様の頬を撫でた。


「約束、守ってくれたんだね、ガーネくん」


 夢うつつのまま呟いて、わたくしはまた夢の中に落ちていった。


読んでいただきありがとうございました。

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