48.皇后として発表するための下準備
レイシーが朝食のときに質問してきた。
「青い蔦模様の刺繍ならば、探せば他にもあったのではないですか? アレクサンテリ陛下がわたくしの刺繍した青い蔦模様を見て、セシルと重ねたのはどうしてだったのですか?」
「セシルはわたしの衣装の刺繍の玉留めを必ず表にしてくれていた。その玉留めも、デザイン的になっていて、玉留めだということが一目では分からないようになっていた。レイシーが刺繍して店に卸したハンカチの刺繍も、玉留めが表になっていたが、デザイン的になっていて、それが玉留めとはすぐには分からないようになっていた」
確かに帝都から遠く離れていたが、セシルの村では青い蔦模様の刺繍は厄除けになるということで流行っていたし、帝都にそれが流れてくることもなくはなかった。
それでもわたしが母の持ってきた青い蔦模様の刺繍のハンカチに目を留めたのは、違う理由があった。
セシルはわたしのために玉留めの位置を変えてくれていたのだ。
本来ならば裏側にするはずの玉留めを、表にして、星のようなデザインにして刺繍の一部として溶け込ませていた。
セシルが縫物をすると手元を覗き込むわたしに、セシルは教えてくれた。
「縫い終わった最後は玉留めをするの。それが表に見えていない方がきれいだから、本当は裏側に玉留めをするの」
「おねえちゃんは、どうして、表に玉どめをするの?」
「ガーネくんはまだとても小さいでしょう? 裏に玉留めをしたら、ガサガサして気になるかもしれない。ガーネくんのお肌に傷がついたりしないように、表に玉留めをして、それもデザインにしてしまうのよ」
そのときセシルが縫っていたのはわたしのための服だった。青い蔦模様の刺繍を入れて、最後の玉留めを表にして、星のようなデザインの中に隠してしまう。
見事な手法にわたしはセシルの手元から目が離せなかった。
「ぼくのために、玉どめを表にしてくれてるの?」
「そうよ。小さい子の服は着やすいのが一番だからね」
わたしのために玉留めを表にしてくれたセシル。
その気持ちはレイシーにも受け継がれている。
レイシーも同じデザインの玉留めをするので、わたしはレイシーの刺繍したハンカチを見てすぐにセシルとの繋がりを感じたのだ。
「デビュタントのときに運命を感じたと仰いましたが、それはどうだったのですか?」
「レイシーを見て、セシルの面影があると思った。なにより、セシルの声とレイシーの声がとてもよく似ていたのだ」
「わたくしの声とセシルの声は似ていたのですか!?」
ハンカチの出所を追えば、レイシー・ディアンにすぐに辿り着いた。
一瞬、セシルが生きていたのではないかと希望を持ったわたしは落胆しなかったわけではないが、十二歳だったレイシーに興味を持った。
レイシーを呼んですぐにでも確かめたかったのだが、レイシーにはそのときには既に婚約者がいた。婚約者のいる女性を、未婚の皇帝が呼び出すだなんてレイシーの評判に傷がつくかもしれない。
早く会いたいのを必死に我慢して、わたしはレイシーと会える時期を待った。
貴族は十五歳でデビュタントを迎え、皇帝に挨拶をしに来るので、そのときにレイシーに会えると思ったのだ。
ほんの数十秒の邂逅だったが、レイシーの声はセシルの声と全く同じで、セシルの面影があった。
「なにより、レイシーが顔を上げてわたしを見た瞬間、わたしはレイシーに一目で心奪われた。わたしの初恋はセシルだったけれど、二度目の恋はレイシーだったのかもしれない」
あのとき、わたしはレイシーに恋をした。
「わたくしは緊張してアレクサンテリ陛下のお顔もまともに見られませんでした」
「わたしは壇上から降りて、レイシーに駆け寄りたかった。それが許されない立場である自分を恨んだよ」
すぐに駆け寄りたかったが、レイシーには婚約者がいた。その婚約者がレイシーを大事にしていないことも、レイシー以外の女性と付き合っていることも調べがついていたから、入念に手配をして、レイシーの婚約者と浮気相手にお互いが結婚できるようにするのだと吹き込ませて、無事にレイシーと別れさせることができた。
学園の卒業パーティーでレイシーが婚約破棄を言い渡された場面に遭遇して、その場で求婚できたのは幸運としか言えなかった。
思い出していると、レイシーから報告があった。
「アレクサンテリ陛下生誕祭の衣装が完成しました。今日のお茶の時間にでも着てみてください」
「それは楽しみだね、レイシー。玉留めは表にしたの?」
「それは、裏にしました」
玉留めの位置を聞いてみると、レイシーは裏にしたと答えた。残念だったが、皇帝の生誕祭の衣装なので仕方がないだろう。
それでもわたしはつい言ってしまう。
「残念だな。レイシーの玉留めを隠すデザイン好きなのに」
「アレクサンテリ陛下はそう思ってくださっても、生誕祭という公の場で玉留めを表に出しておくことはできません」
「誰も気付かないのに」
「わたくしが嫌なのです」
こういうときにプロ意識を見せてくるレイシーも格好よくて立派なので好きだと思う。
「レイシー、わたしのために衣装を作ってくれてありがとう。わたしはセシルにお願いしたかったんだ。大きくなっても、ずっとずっと衣装を作り続けてほしいと」
セシルに頼んだことは果たされなかった。セシルはわたしを庇って殺されてしまった。そのことをずっとわたしはつらく思っていたけれど、今はセシルの命を受け継いで前を向いて歩こうと思えている。
「セシルの代わりに、わたくしがずっとアレクサンテリ陛下の衣装を作り続けます」
「嬉しいよ、レイシー」
「できれば、華やかな場面のものだけではなくて、普段着も作りたいのですが」
「大変ではない?」
「時間を見つけて少しずつ縫っていけば大丈夫です」
我が儘を言っている自覚があったわたしに、レイシーはさらに普段着まで作ってくれると言ってくれる。
普段からレイシーの作った服を着ていられるというのはどれだけ幸せだろう。
わたしは成人してかなり経っているのでもう身長は伸びないし、体型も気を付ければ変わらないだろう。六歳だった「ガーネ」の衣装を見て、もう着られないことを残念に思ったが、レイシーが一度わたしに服を作ってくれたら、ずっと着ていられることになる。
レイシーが大変でなければわたしはレイシーにぜひお願いしたかった。
「それじゃ、お願いしようかな。わたしは一生レイシーの衣装を着ていられるんだね。幸せ者だ」
「はい、一生、お仕立てします」
一生という言葉が嬉しくて、わたしはレイシーに何度も「ありがとう」とお礼を言った。
皇帝の生誕祭では、わたしはレイシーを皇后にすることを公に発表しようと考えていた。
そのためにしておかなければいけないことがある。
反対派の公爵家や侯爵家を黙らせるのだ。
「シリル、ソフィアとの婚約はどうだ?」
「滞りなく仲を深めております」
「ロセル侯爵家は、レイシーを皇后に迎えることに賛成してくれるな?」
「間違いなく」
シリルに確認すれば、頭を下げて返事をしてくれる。
「ユリウス、ノルデン侯爵家はどうだ?」
「皇帝陛下のお心のままに」
「テオ、グランディ侯爵家は?」
「妃殿下に皇后になっていただきたいと思っております」
皇宮でも力を持っている側近の三人の実家は間違いなくレイシーを皇后にと推してくれている。
「全ての公爵家、侯爵家から文句が出ないようにしたい。シリル、ユリウス、テオ、どんな手を使ってもいい。反対派を黙らせろ」
わたしの命令に、シリルもユリウスもテオも、深く頭を下げて了承した。
わたしの側近たちは有能なのでこれで問題はないだろう。
後は属国の王族や要人たちだが、それに関しては、その国の文官を皇宮に受け入れる代わりに、わたしの妃に関して何も言わないようにと交換条件を出していた。
わたしの結婚後にシリルがソフィアと結婚してディアン伯爵家に婿入りするので、側近から抜けるのも都合がよかった。次の側近に近い地位を手に入れられる文官を皇宮に入れるために、属国が競い始めたのだ。
わたしは属国のどこにも肩入れをしない代わりに、どの属国にも可能性があると匂わせておいた。そのため、属国の王族や要人はわたしがレイシーを皇后に迎えることに関して、わたしの機嫌を取るために歓迎はしても、反対することはないだろう。
レイシーが皇后になる下準備を整えながら、わたしはお茶の時間にはできるだけ執務を抜けてレイシーの元に戻っていた。
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