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そのご寵愛、理由が分かりません  作者: 秋月真鳥
アレクサンテリ視点

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41.レイシーの功績と膝枕

 レイシーが自分の功績について語ったのは、数日後だった。

 恐らく、ラヴァル夫人が伝えたのだろう。


「アレクサンテリ陛下が執務を振り分けるようになったのが、属国にも伝わって、関係がよくなっていると聞いたのですが、どうなのでしょう」

「これまでわたしは全て自分でしなければいけないと意固地になっていたからね。その姿勢が皇帝の独裁を感じさせていたのかもしれない」

「わたくしはアレクサンテリ陛下のお役に立ったのですね」

「役に立っただけではない。未来の皇后としての威厳も見せてくれた。レイシーの功績はディアン子爵家の功績ともなる。ディアン子爵家が伯爵位を受けるのに、レイシーのしたことも功績としてしっかりと入っている」

「そうだったのですか!?」


 それまでも少しずつ伝えていたつもりだったが、レイシーの心には届いていなかったらしい。ラヴァル夫人から言われて実感したのだろう。

 わたしの説明にもレイシーはまだ驚いていた。


 レイシーの功績がディアン子爵家の功績となることについては、わたしは早い段階で気付いていた。そのためにディアン子爵家の陞爵を進めるにあたってレイシーの提案をディアン子爵家の功績として盛り込んだのだった。


「ディアン子爵夫妻も伯爵家となることを受け入れると言っていて、話は順調に進んでいる。年明けにはディアン子爵夫妻とソフィアを呼んで、ディアン子爵家に伯爵位を授けることになるだろう」

「ありがとうございます」

「レイシーの功績でもあるんだよ。もっと誇っていい」

「わたくしは大したことはしていないと思うのですが」


 謙遜しているわけではなくて、本気でそう思っているレイシーに、わたしはレイシーの柔らかな頬をそっと人差し指でつついた。すべすべのレイシーの肌の感触と柔らかさが伝わってきて、胸が高鳴る。


「レイシーはセシルの夢を叶えるために、女性が働きやすい社会を作ろうとした。その試みはディアン子爵家が伯爵位を授かることによって、他の領地にも広がっていくだろう。それに、レイシーはわたしに執務を振り分けることの大切さを教えてくれた。レイシーのおかげで属国はわたしを警戒するよりも、皇宮に文官を入れて、皇宮との関係性をよくしようと考えている」

「わたくしは皇太后陛下のお茶会でアレクサンテリ陛下に進言しただけです。こんなに大きな話になるとは思っていませんでした」

「レイシーの聡明さがわたしやこの国を救おうとしているのだ。お礼を言うのはわたしの方だ。ありがとう、レイシー」


 縫物の工場を建てて、そこに寮をつけるというのもレイシーの発案だった。

 ディアン子爵家の功績のほとんどがレイシーに関わっているのではないだろうか。

 わたしがそのことを口にすれば、レイシーは恐縮していた。


 その日の夕食後、わたしはレイシーを部屋に誘った。

 基本的にわたしはレイシーの部屋に入らないし、レイシーはわたしの部屋に入らない。お互いに節度を持って接しているつもりだったが、その日はレイシーにお願いしたいことがあったのだ。


「もう少しレイシーと過ごしたい。今日は部屋に来てくれないか?」

「は、はい」


 緊張しているレイシーをそのまま部屋に連れていくと、小さな声で「お風呂も入ってない……着替えもしていないのに」と呟くのが聞こえた。

 わたしは結婚するまではレイシーに何かするつもりはなかった。

 結婚してもレイシーを抱くことができるかも疑問である。

 健全な成人男性であるのでそういう欲はあるのだが、性行為が女性にとっては負担になることがあるというのも知っていた。特にわたしは体が大きく背が高く、レイシーは女性にしては背が高いとはいえ、細身で華奢だ。

 レイシーの負担になることをするくらいだったら、わたしの欲望など消し去ることくらい簡単だった。

 何より、性行為には妊娠の危険性がついてくる。

 妊娠と出産は命懸けなのだということをわたしは知っていた。


 母はわたしを産んだときに酷い難産で、その後かなりの期間床に伏していたと聞いている。出血量が多く、命が危なかったかもしれないとも聞いている。そのために、医者は母にもう妊娠は望まないようにと言い渡していたのだ。


 レイシーと子どもを秤にかけることはできないが、レイシーの命が危うくなるくらいならば、子どもなどいらないと思ってしまう。セシルのようにレイシーを失ったら、わたしはもう生きていけないだろう。

 レイシーの命を危うくするような行為をわたしは恐れていた。


 顔を真っ赤にしているレイシーに、わたしは安心させるように微笑みかける。


「レイシー、緊張しないで。結婚するまではレイシーには絶対に何もしないと誓っているのだからね」

「は、はい」


 その胸中に、セシルが殺されたときの映像が浮かんでいることなど感じさせないように気を付ける。

 レイシーはセシルではないが、生きている限りはいつかは死んでしまう。それがわたしより早かったら、わたしは気が狂ってしまうのではないかと思う。

 レイシーには申し訳ないが、わたしはレイシーに手を出せない理由が結婚していないからだけではなくて、レイシーが死んでしまう可能性を考えると、目の前が真っ暗になるような絶望感に襲われるからだと口に出せなかった。


 レイシーには気取られないようにしつつ、ソファに促す。


「ソファへどうぞ」

「失礼します」


 わたしの部屋はいくつかに分かれているが、その中でも一番手前の執務室兼応接室にレイシーを通して、ソファに座ってもらう。手を握って抱き寄せると、調香師がレイシーのために作った香水の匂いがした。それはわたしの香水と混じり合って、官能的な香りを放っている。

 溺れてはいけないと分かっているが、レイシーを抱き締める腕は止められない。レイシーもうっとりと目を閉じてわたしに体を委ねてくれている。


「レイシーの妃教育も順調だと聞いているよ。結婚式の衣装も出来上がったけれど、ぬいぐるみの衣装に取り掛かっていて、レイシーはとても働き者だということも」

「ディアン子爵家や学園ではもっと忙しかったです」


 わたしの胸に頬を寄せながらレイシーが語ってくれる。


「ディアン子爵家は貧しかったので、使用人も少なく、自分のことは自分でしなければいけませんでした。少しでもお金を稼ぐために、わたくしは刺繍をしたり、縫物をしたりして内職をしていました」

「レイシーの作ったものをわたしは買わせてもらったね」

「アレクサンテリ陛下がわたくしの作ったものを手にしたのは、わたくしが学園に入学してからですね。学園では縫物もしながら、学費免除のために学年十位以内を保たなければいけなかったのでもっと忙しかったのです。幸い成績は首席を取れましたが、眠る暇もないくらい勉強と縫物で忙しく、それでもお金が足りなかったので、食べていたのは食堂の一番安い具のほとんど入っていないサンドイッチでした」


 レイシーの学園時代は本当に苦しかったようだ。それを思うと胸が痛くなる。

 そんな貧しさの中でも、レイシーは必死に努力していた。


「レイシーが優秀で努力家で、わたしは誇らしいよ。レイシーこそ皇后に相応しいと思う」

「アレクサンテリ陛下の方が優秀ではないですか」

「わたしは幼いころから皇帝の教育を受けていたからね。レイシーは皇帝宮に来てから妃教育を受けるようになったのに、とても優秀だとラヴァル夫人が言っていたよ。学園で首席を保っていただけはあると」


 正当にレイシーのことを評価しただけだが、レイシーは照れて頬を赤らめているようだった。頬を押さえるレイシーの手を外して、レイシーの頬に手を添えて、そっと触れるだけの口付けをする。

 これくらいは許されてもいいのではないだろうか。

 レイシーも嫌がっていないし、これ以上進む気がないのははっきりと伝えている。


 唇を離すと、わたしはレイシーの紫色の目を覗き込んでお願いをした。


「レイシー、お願いがあるんだけど」

「はい、なんでしょう?」

「膝枕を、してくれないかな?」


 わたしがセシルに「ガーネ」と呼ばれていたころ、わたしはよくセシルに膝枕をしてもらっていた。

 昼食後はお腹がいっぱいになって眠くなるけれど、髪や目の色や肌の色が目立つために外出をほとんどしていなかったわたしは、運動不足でうまく眠ることができず、ぐずってしまう。それをセシルが膝枕して、髪を撫でてくれたのだ。

 その心地よさは忘れられない。

 レイシーにセシルと同じことを求めるつもりはなかったけれど、わたしはレイシーにも膝枕をしてほしいと思っていた。


「いいですよ、アレクサンテリ陛下」


 レイシーの許可を得て、わたしはレイシーの膝に頭を乗せる。

 腰を超すくらいまである長い白銀の髪を、レイシーが優しく指で梳き、撫でてくる。


「アレクサンテリ陛下、覚えていますか? ガーネくんは、膝枕をしてもらうのが大好きだったこと」

「覚えているよ。セシルに膝枕してもらうととても心が落ち着いた。父が亡くなったことを知ったときも、わたしはどこか遠いできごとのように感じていたが、怖くなかったわけではない。セシルに膝枕してもらうと安心できた」


 皇帝が暗殺された。

 その知らせを聞いたとき、ショックを受けなかったわけではなかった。六歳のわたしはまだひとの生死というものがよく分かっていなかったが、もう二度と父に会えないのだということだけは理解していた。

 悲しかったのかもしれない。

 ただ急すぎて、それは実感を伴わなかった。

 父が皇帝として忙しすぎてわたしと触れ合う時間がほとんどなかったということもあるだろう。

 父のことは尊敬していたが、どこか遠い存在だと思っていた。

 そんなときに、わたしを支えてくれたのはセシルだった。

 セシルの存在なしにはわたしは生きられないと思っていた。それなのに、セシルが殺された後もわたしは生き延びてしまった。今はレイシーがいてくれて救われているが、セシルを失ったときの苦しみや悲しみが完全に消えたわけではない。


「アレクサンテリ陛下の髪はさらさらで美しいです」

「レイシーの髪も美しいよ」


 レイシーに髪を撫でられて、わたしはレイシーの黒髪をひと房手に取り、口付けた。

 レイシーがいてくれることはわたしにとっては奇跡のように尊いことだった。


読んでいただきありがとうございました。

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