5話 C.A.I.N.
廃ビルの地下3階。
埃まみれのコンクリート迷宮を下っていく。
近年進められている都市開発に取り残された時代の失敗作のような空間。
だが階段を降りたその先には廃れたビルには似つかわしくない重厚な扉があり、開けばそこは無機質なモニターがいくつか並びモノクロの机に黒いソファが置いてある空間だった。
ここはCAIN本部。
CAIN(Counter Agency for Irregular Narcotics)。
本来なら存在しないはずの、民間諜報組織である。
かつて違法製造されていた薬物について調査するために、各機関のエリートを集め組織された。
数年前に起きた事件以降薬物に関する事例が全くなかったためほぼ封鎖されていた状態であったが、今回の件を受け、タクシー運転手の号令の元、再び集うことになったのだ。
彼らは政府非公認の組織であり、駄菓子屋やピアノ屋はCAINに所属する影のエージェントなのだ。
コードネーム:ノクターン
表はピアノ屋。
サングラスを常にかけており、聴覚だけで世界を〈視る〉。元軍人であり、戦場にてスナイパーとして活躍していたところをCAINにスカウトされる。
コードネーム:ヴァンプ
表はこの町一番のキャバクラ嬢。
だがその素顔は尋問や潜入、心理操作に長けた情報のスペシャリスト。その美貌を利用して小さな組織に過ぎなかったCAINを国やいろいろな企業との繋がりを持たすことで巨大化させた立役者。現在のCAINの紅一点である。
コードネーム:ヘッドライト
表はタクシー運転手。
かつて公安に所属しており麻薬取り締まりを行っていたが、警察の動きに納得がいかず、人脈を利用して組織を作り上げた。電子機器を使うと盗聴の可能性があるため、タクシーを利用して情報伝達に勤めている。
コードネーム:グリッチ
表はパソコン修理店店主。
唯一名前のみの登場だった。
国のセキュリティを玩具代わりに遊んでいたところを再び招集されることになった。
コードネーム:シルエット
表は駄菓子屋「まるふく」の店主である。
ヘッドライトと共に公安に所属していた。
公安を抜け、民間組織を作り出す際に共に独立した。
かつてはまだまだ仲間がいたが、任務中に亡くなってしまった者もいる。あと普通に消息がわからず連絡がつかなかった者も。
「グリッチ、本当に全員か?」
「これで全員だよシルエット、あとは一応連絡してみたけど応答がなかったね」
「うちも数年で集まりが悪くなったもんだなあ」
ヘッドライトが頭を抱えて項垂れる。
「……で、例の子供は?」
医療室のモニターを眺めながらヘッドライトが説明する。危険な状態であったこと。一旦人間の姿に戻っているが、目を覚ました時どうなるかはわからないということ。現在は麻酔を打ち続けているが日に日に必要な薬品の量が増え続けていることを説明された。
「……ラプスか?」
ノクターンのその言葉にその場にいた全員が俯く。
「まだ医者が来てないからね、正確な情報はわからないんだけど症状は似ているよね、成分については完全にまだなんとも言えないけどね」
「相変わらず変な喋りだよな、グリッチって」
ムスッとした表情のままグリッチはパソコンに向き直った。モニターには学校の監視カメラの映像が映し出される。
時刻は22:30ごろ。謎の影が校舎の中に侵入していく様子が映し出されている。一瞬カメラを睨んだ目が赤く光った。しかも1人ではなく複数だ。
「この中にあの少年がいるのか?」
「そうだね、君たちが捕らえた少年もいたけど、シルエットが探している少年もいるね」
映像を巻き戻し再び見てみる。
赤い目が4体ほど。
その中にはっきりと顔は見えないが、ユウらしき影があった。常人なら核心には至らないであろうが、シルエットには超直感があった。その直感によりその影がユウであることをほぼ確信していた。
「複数か……」
ノクターンの声が掠れている。
ヘッドライトはタバコに火をつけ、深く吸い込む。
「……ヴァンプはどうした」
確かにそこにヴァンプの姿はなかった。
遅れているんだろうなどと話をしているとちょうど重苦しい扉が開いて1人の女性が入ってきた。
黒のドレスを身に纏い、ヒールを片手に引っ掛けてヴァンプが現れた。
「あー!足いったい!お姫様の相手してたら遅くなっちゃったぁー」
甘い香水の匂いが部屋に充満する。
「その香水やめてくれないか、鼻が腐る」
「あんた耳だけじゃなくて鼻もいいのぉ!?」
「おい、香水だけじゃなく酒臭い」
ノクターンは鼻がちぎれるほどつまみ、近づこうとするヴァンプを必死で遠ざけるがジリジリと歩み寄る。
「ヴァンプ!仕事の話だ。」
「何よ〜ボス」
「あまりノクターンをいじめるんじゃない」
ヘッドライトはあきれ混じりのため息とタバコの煙を吐いた。
「今回は学校に潜入してくれ。教師でも保護者でもなんでもいい、まだ失踪中のガキどもがいる。時間がない。」
ヴァンプはシルエットを押し除けソファに座り、髪を整えながら肩をすくめる。
「え〜、男と遊んでる方が楽なのにぃ?でもまあいいわ!情報と男口説きは私に任せとけってね!」
「今回は情報だけで頼むね」
「相変わらずあんた変な喋り方〜」
再び口調を指摘されたグリッチはモニターに向きを変え、2度と振り返らなくなってしまった。
「壊れる前に救いてぇんだ、壊れた後じゃどうにもなりやしねぇんだよ」
シルエットはソファでそのまま寝てしまったヴァンプを見つめながらボソリと呟いた。
夜が明ける。
だがまだ闇は続く。