31話 Soundless Judgement
再開します。
静寂だった。
地下研究所の通路。
先ほどまで戦闘の轟音が響いていた空間に、いまは異様なまでの“静けさ”が漂っている。
《サイレンス》と《ダスク》──
音と重力、沈黙と支配。
二人の異能が、互いの存在を探るように対峙していた。
「……あなたの力。おそらく空間そのものを捻じ曲げてる。重力か、圧力か、それとも──」
「分析の早さは評価しよう。だが、音で世界を壊せると思うな」
「私は世界を壊したいんじゃない。……音の届く距離を、守りたいだけ」
サイレンスの両手が、わずかに振動した。
次の瞬間、彼女の指先が宙を弾いた。
「──《共鳴震域》」
空間が揺れる。
目に見えない波動が、ダスクの周囲に収束したかと思うと──爆発的な音圧が床を砕いた。
「っ……!!」
ダスクが跳ぶ。
振動波を躱し、天井近くの梁を蹴って距離を取る。
「音を……“点”で狙ってくるのか。神経質な力だ」
「耳を塞いでも無駄よ。これは“空気”じゃなく、“物体”を伝って響くから」
ダスクの手が宙を切る。
次の瞬間、足元の床が抜けた。
重力が反転したかのように、サイレンスの身体が持ち上げられる。
「重力圧縮……!」
空間ごと握り潰すような力が襲う。
骨が軋み、肺が押し潰される。
だが──
「……甘い」
サイレンスの瞳が光った。
目が赤く発光し、圧縮された空気を“内側から”共振させる。
「──《内部破砕》!」
不可視の振動が、ダスクの操る空間圧に亀裂を走らせた。
「……!」
パキィンッ!
音を伴って、重力場が崩壊する。
サイレンスは空中で一回転し、無傷で着地した。
「やるな。だが……」
ダスクが指を弾く。
研究所の壁に埋め込まれたスピーカーが、すべて同時に赤く点滅した。
「情報は音を伝い、音は支配される。──これは、“静寂の檻”だ」
サイレンスの身体が硬直する。
“聞こえない”。
世界から音が消えた。
「……! これ……!」
彼女の世界が無音になる。
完全な音の遮断。
まるで鼓膜を剥がされたような感覚が、脳を襲った。
「音を操る者にとって、沈黙は死と同義。……この空間において、お前はもう“ただの女”だ」
ダスクが歩を進める。
彼の能力は重力操作ではなく、空間そのものを支配する力。サイレンスの周囲の空間を支配し、音を消した。
「このまま黙って……終われるなら、楽だったのに」
サイレンスは、ふらつきながらも足を踏み出した。
「けどね。私の名は──《サイレンス》。……音が消えた時こそ、真価を発揮するの」
彼女の目が淡く発光する。
“自己共鳴”。
彼女は、自らの骨伝導を通じて、体内で音を反響させた。音は増幅し、彼女自身を通じて空間全体が振動する。
「────《無響斬》!!」
その一撃は、拳から放たれた震動波。
無音のまま、壁を、空間を、ダスクの制御場を──引き裂いた。
「な……!」
ダスクが弾き飛ばされる。
空間制御が完全に解除され、天井まで叩きつけられる。
サイレンスは息を荒げたまま、前へ出た。
「あなたに勝ったところで、何も変わらない。……でも、止めなきゃいけない」
「ノクターンが……あの人が、もう誰も撃たずに済むように」
ダスクのマスクが、わずかにひび割れた。
「……“あの男”の名を口にするとはな。……なるほど。貴様は、あの女か」
「ええ。あの時、ラボの片隅で泣いていた子供。兄を守り一人ぼっちになった妹。でもその子供はもういない。今はもう、彼を恨んでる少女が1人そこにいるだけ」
彼女の言葉に、ダスクは口元を歪めた。
「感情に生きる者は、必ず敗れる。だが──」
体を起こし、立ち上がる。
「──その音、記録しておこう。……貴様が死んだ時、再生してやる」
「ご自由に。でも、再生する暇なんて与えない」
サイレンスが構える。
空気は震え、だが音はない。
沈黙こそが、彼女の強さ。
「私今、ちょっぴり腹が立ってるの。でもこれは八つ当たりじゃあない。正当な反逆よ。」
そして戦場は、再び──
無音のまま、燃え上がった。




