30話 登場!忍者サイボーグ
地下研究棟──第三実験区画。
鉄骨むき出しの通路には、煙のように薬品の霧が漂っていた。
足音を潜めて進んでいたのは、《シルエット》。
その隣を、鉄壁の守護者が無言で歩き、後方をグリッチが神経質そうにノートPCを抱えてついてくる。
「通信……やっぱノイズ乗ってるね。ジャミングじゃなくて、何か“干渉”されてる感じ」
「機械のせいにすんな。てめぇがビビってるだけじゃねぇだろうな」
「やめてよねシルエット。あのグールに会ったあとでしょ? 普通に怖いよねこれ」
グリッチが汗をぬぐったとき──それは、不意に現れた。
「──風のないところに、煙は流れない。だが、闇は黙って忍び寄る」
声と共に、影が落ちた。
廊下の先、暗がりの中からゆっくりと人影が現れる。
金属のような髪。
無機質なマスク。
スーツのようでいて、兵士でもある──奇妙な“輪郭”。
「ようこそ。お客様……などではないか……」
《ダスク》。
ベヒモス戦闘実行部隊に所属する異能者。
「自己紹介は不要だな。俺は、問答を好まない質でね」
次の瞬間、壁が爆ぜた。
ダスクが手をかざすと、空間が軋み、重力そのものが歪んだような衝撃が走る。
「……こいつ、ちょっと変な力使ってるよ! 空間、歪んでる! 注意して!」
「分析はお前に任せる。俺は、ぶん殴るだけだ」
ヘッドライトが飛び出す。
その一撃はコンクリを砕く威力を誇る重拳だった。
だが──
「……遅い」
ダスクの体がぶれる。
残像のような軌跡を描いて、その拳を回避し、反対側の壁を蹴って跳ね返った。
「随分な機動性だな……だが、悪い。じじいの筋肉、ナメんなよ」
ヘッドライトの肩が軋む。
次の一瞬、ダスクの脇腹に正拳突きがめり込んだ。
「ぐっ──!」
内臓に届く重み。
ダスクの身体が浮き、壁に叩きつけられる。
だが──すぐに起き上がる。
「お前たち……ただの人間じゃないな」
「言ったろ? お前が“問答嫌い”なら、こっちは“問答無用”だ」
そのとき、シルエットが腰に手を伸ばした。
駄菓子ケースの底から取り出したのは、鉄製の小槌。
赤と青の包装紙で飾られた“ドロップハンマー”。
「ね、ねぇ、シルエット……それ、戦闘用でいいんだよね?」
「試作品だ。甘い匂いに釣られた奴は、まず頭からいってもらう」
冗談とも本気ともつかない口調で、小槌を構える。
「じゃあ、いただきます──《ドロップハンマー・零式》」
振り下ろされた一撃が、ダスクの肩をかすめて床を砕いた。
音が、爆発する。
その轟音の中で、ふたりの戦闘スタイルが交差する。
重い一撃を連ねるヘッドライト。
華麗に間合いを縫い続けるシルエット。
ダスクは、後退しながらも戦況を見極めていた。
動きは異様に冷静──まるで“戦闘すら演出”であるかのように。
「やば……こいつ、今戦ってるのに“他の何か”も制御してる。同時に誰かに指示出してるかも……!」
グリッチの声が届いた刹那──空気が震えた。
「っ!? な、なんだ今の……」
振動。音波。
何かが、場の“空気”ごとねじ曲げる。
視線の先、ダスクの前にもうひとつの影が降り立っていた。
白のコート。赤い目の少女。
音を纏う、静謐な気配。
「その先には、行かせないわ」
──サイレンス。
「久しぶりね、駄菓子屋のおじさん。あのときよりは、マシな顔してる」
シルエットがわずかに目を細める。
「音の女……また会ったな」
「音の女、じゃ失礼よ。私の名は──《サイレンス》」
「こっちは、《シルエット》だ」
互いに、初めて名を名乗る。
ダスクは、視線を向けた。
「味方を……裏切ったのか?」
「……裏切られたのは、私の方よ」
サイレンスが前に出る。
その姿を見て、シルエットが低く呟いた。
「……どうする? ここは預けていいのか?」
「ええ。私が押さえる。あなたたちは、先へ」
ヘッドライトが口を開く。
「……誰であれ、敵に背中を預けるのは本意じゃねぇ」
「でも──今はそれしかない、でしょ?」
サイレンスの目は、曇りなかった。
そして一言シルエットへ告げる。
「……あの男を、撃つ覚悟はある?」
その言葉に、シルエットはわずかに目を伏せた。
「撃てるかどうかじゃない。撃たなきゃいけない。……それが、俺の答え」
それを聞いたサイレンスが、無言で背を向ける。
「行くぞ。……時間はねぇ」
3人の背を、サイレンスは一言もなく見送った。
残されたダスクとの距離が、静かに狭まる。
「コードネーム、サイレンス。……裏切り者が調子に乗るなよ」
「そう。……私ね、今すごい腹が立ってるの、茶を沸かせるぐらいに」
サイレンスは一歩ずつ空気を振るわせながらダスクへと近づいていく。
「悪いけど容赦はしない、死ぬ気で生きることね」
──次なる戦場の幕が、ゆっくりと上がる。
続きの構想を練ってます
思ったより長編になりそうなので少しお待ちを




