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駄菓子屋まるふくより  作者: ゆめのあと
3章 決戦!地下研究所!編
30/44

29話 静寂と夜想曲

他のを書き始めました。

こっちはハードボイルド、あっちはギャグです。

 ──そこは、忘れられた研究棟の奥だった。


 誰にも使われなくなった診療フロア。

 割れたガラス、焦げ跡の残る壁、剥がれかけた標語。


 そこに、ふたりの影が対峙していた。


 「……ずいぶんと、おとなしくなったわね。昔のあなたはもう少し、人の声に怯えてた」


 天井から差す非常灯の光が、白衣の裾を照らす。

 音もなく立っていたのは、サイレンス。

 彼女はかつて学校の裏庭にてシルエットと対峙した。

 シルエットとの対話の中、彼に裏切り者の存在を匂わせ消えていった張本人だ。


 

 白のロングコートに身を包み、淡い光沢を放つ目がかすかに揺れる。


 「玲……」


 口を開いたのは、黒のスーツを纏った男。

 サングラス越しの瞳は読めず、杖の先でゆっくりと床を叩いていた。


 ノクターン──。

 盲目の狙撃手にして、今なおCAINに籍を置く“裏切り者”。


 「久しいな。もう、君の声を聞くことはないと思っていた」


 「……なら、どうしてここにいるの? まさか“偶然通りかかった”なんて言わないわよね」


 「君がここにいると、風が告げていた。……それだけだ」


 「……相変わらずね、そういうとこ」


 

 サイレンスの指が、わずかに揺れた。

 空気が震える。音にならない音──共鳴が周囲の窓ガラスを軋ませる。


 

 「私はね、ずっと“覚えてた”のよ」


サイレンスは声を振るわせながら続ける。

 

 「あなたの代わりに地獄へ行った。自分で選んだ。なのに……あなたは……」


 

 声が震える。


 「……私を裏切った」


 

 ノクターンの顔に、一瞬だけ影が走った。


 


 「玲……違う。俺は──」


 


 「違わない!!」


 


 サイレンスの叫びと同時に、振動波が壁を貫いた。

 埃と残響が部屋を満たし、古いスチール机が吹き飛ぶ。


 


 「私は……全部を捨てて、あなたのために、この場所に身を投じたの」



 「なのに、どうして。なんで、今さら……“こっち側”にいるのよ」



 ノクターンは、その場から一歩も動かなかった。


 

 「目が……見えなかった。何も」


 「でも、代わりに聞こえてきた」


 「君の声も。……あのとき、泣いていた君の呼吸も、記憶の中の声が聞こえてきたんだ」


 

 沈黙が落ちた。


 サイレンスの耳が、わずかに音を拾う。


 「でも……俺はどうしても、もう一度“この目”で世界を見たかった」


 「ベヒモスがその代償に“何を求めてくるか”くらい……最初からわかってた」


 「わかってて、選んだのね」


 「……ああ」


 


 答えは、あまりにあっさりしていた。


 


 「最低」


 サイレンスの声が震える。

 感情ではなく、音波の共鳴だった。

 壁の時計が割れ、床が低く唸る。


 「あなたを……守りたかったのよ」


 「でも……あなたは、自分の意思で、この場所へ戻った」


 ノクターンの顔がわずかに歪む。


 「君が……守ってくれた世界の先に、まだ“守るべき何か”があると思った」


 

 「たとえ、俺の魂がその代わりに堕ちるとしても」


 

 「正義のつもり?」



 「違う。俺はただ、“選んだ”だけだ。誰にも強いられず、誰も責めずに」


 

 しばしの沈黙。


 「ねぇ、ノクターン。あなたは、あの頃の私を“正しかった”と思う?」


 「……思ってる」


 「嘘。……あなたが正しかったなら、私は間違いだったってことになる」



 その声は、どこまでも透明で、どこまでも痛かった。


 「私ね、今でも夢を見るの」


 「あなたがピアノを弾いてるの。白い鍵盤の上で、何も知らない顔で」



 「私がそこに戻ろうとすると、音が止まるのよ。……真っ暗になって」


 サイレンスは拳を握る。


 「私はもう、あの場所に戻れない。戻らない。……でも、あなたも戻るべきじゃなかった」


 「もう一度私の前に現れた時、ノクターン」


 「次は……本気で、あなたを壊す、これが私の愛情、そして……憎しみよ……」


 それだけ言い残して、サイレンスは背を向けた。


 振り返らないまま、音もなく消えていく。


 残されたノクターンは、その場に立ち尽くす。


 

 彼女の足音が遠ざかっても、杖の先が微かに震えていた。

 

 「……玲、君は、俺の手に残った最後の“音”だった」


 


 その囁きは、誰にも聞かれなかった。


「君にただもう一度会いたかった」


 ただ、静かに。


「目が直るのはただのきっかけだ、君のそばに……僕は……」


 曇りなき瞳で、彼は再び闇の中へ歩き出した。

 

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