表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/44

2話 母とタクシードライバー


 数日後、お昼時。

 お客さんも来ないのでまるふくの店主はだらりとテレビを眺めながら雪の宿を貪る。

 この白いところがうまいんだよ。

 これは永遠の謎なのだが砂糖の塊なんだろうか。

 程よい甘さなんだよな。

 美味くて手が進む。


「ごめんくださーい」


 そんな雪の宿を貪る店主の元へ1人の女性が。

 髪を後ろに束ね、白いカーディガンにロングスカートのおとなしそうな女性だった。

普段子供しか来ないこの店に大人が来るのはとても珍しい。来るとしたら駄菓子の詰まったダンボールを持ってくる人か、土地を開けろと脅してくる男たちか、シャバ代を払えと嫌がらせをしてくる男たちか。

 3分の2がカタギじゃないような気がするが、この街は治安が悪いのか?そんなことはないとおもいたい。

 

「あのー、少しいいですか?」

「すいません!あ、えっ、と御用は?」


 普段子供相手にしか会話していない店主は急な真面目な会話にあたふたしてしまっている。

 女性は不安そうな顔をしている。

 この男の人大丈夫かしら?

 表情でその想いが伝わる。


 女性は不安そうな顔のままカバンの中から一枚の紙切れを取り出した。


「この子、最近見かけていませんか?」

「あ、ユウ君」


 どうやらユウ君の親のようだ。

 ユウ君はこの駄菓子屋の常連であり、数日前に来たきり、ぱったりと来なくなってしまった。

 友達に聞いても学校にすら来ていないとのことだったので事情はわからないが心配にはなっていたとこだった。


「失踪、ですか」

「はい、2日ほど前から」


 紙に目を向けてみる。

 大きく書かれた探していますの文字と、ユウ君の写真が貼ってある。ほかにも最後に見た日付場所などの情報が。


「どんな些細なことでも構いません。

 分かり次第どんなことでも連絡ください」


 女性はお小遣いが足りなかった時のユウ君のような目をしながら訴えかけてくる。

 男は口をぐっと結んだ。

 俺がこの町にいながらなんてことだ。

 子供が失踪するのを許してしまった。


「分かりました。

 よろしければ紙をもう一枚くれませんか?

 店の外と中に貼っておきますよ」


 女性は紙をもう一枚渡して深々とお辞儀をしながら店を後にした。


 ……。

 

 …………。


 ………………。


 数秒が数分にも感じるほどの沈黙。


 男はカウンターから一台の携帯を取り出し、唯一登録されている電話番号に電話をかけた。


「タクシーを1台、『あかふく』まで。

 至急お願いします」


 男はそういうと店のシャッターを閉めた。


 

 今日はもう店じまい。

 

 彼は駄菓子屋『まるふく』店主。

 

 あの子が最後に握りしめた10円のガムひとつ。

 ランドセルには込め10円のスナック菓子たち。


「あの子が選んで背負うには小さな手と背中すぎる。

 こんな重いもんを背負うのは大人の役目だろ」


 男はそういうと、店の奥の影に消えた。



 

 数時間後、タクシーがやってくる。


ドアは無言で開き、乗車を促す。

 非常識な客が座ったであろうタバコの焦げた後の残るシートに座ると目的地を告げることなくタクシーは走り出した。


 メーターは回っているが、ナビは設定していない。

 一体どこへ向かうのか。


 雨がパラパラと降り始めた。

 細かい雨粒が窓を叩く音が車内に響く。

 車内にはガラスの音とワイパーと音だけが響いた。


 

 運転手の男はバックミラーから駄菓子屋を一瞥し、低い声で喋り出した。


「今日は?」

「情報は入ってないか?七不思議だとか、子供の失踪だとか」


 運転手はウインカーを鳴らしてハンドルを切り、大通りから人通りの少ない細道へ入っていく。


「七不思議は乗客から聞いてはいるが、ただの学校の噂話程度だと思ってた。失踪についても異常な犯罪者が起こしている事件かと」

「いや、どうも気になるんだ」


 駄菓子屋はタバコに火をつけようとするが、バックミラー越しに見える運転手の強烈な目線に弱ってしまった。


「わかった調べよう。ノクターンとヴァンプに聞きに行ってくれ、おれはそれ以外に聞いてみることにするよ」


「おい、俺にヴァンプの店に行けってか」

「駄菓子屋の売り上げだけじゃないだろ。ちゃんと別で給料払ってるんだ。あ、経費じゃダメだぞ」


 駄菓子屋は財布の中を覗いてみる。

 1が一つと0が4つの紙切れ一枚。

 あとはジャラジャラと音を立てる硬貨が数枚。


 重苦しい現実が目の前に広がる。


 ふぅ……。


 こいつは、何かを守るには少なすぎる。

 だが何かを得るには多すぎる額だ。

 コーヒーひとつ買えば人生は一歩前に進む。

 銃弾1発買えば命が一つ消える。


 足りねえのは金じゃねえ、俺の気持ち。

『覚悟』の方ってわけか。


「おい、何考えてるか知らねえが多分くだらねえだろ」

「まあそうだな、銀行で下ろしてくれ」


 細道から大通りへ入った車が、ハザードを付け停車する。

 無情にも3500という文字がメーターに現れる。


 タクシーを降りた男の手元に残ったのは重みを増した5000円札と数枚の1000円札。

 そして、命をかける理由だった。

 


 


 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ