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駄菓子屋まるふくより  作者: ゆめのあと
3章 決戦!地下研究所!編
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27話 Clair de Lune

廃棄された地下研究所の回廊に、再び咆哮が轟いた。


 その音は鼓膜を震わせ、思考を削り取る。

 ただの叫びではない。“声”の形をした攻撃。

 グール──かつて人間だった何かは、赤い目をギラつかせながら、床を引き裂く勢いでこちらへ迫ってきた。


 


 「くそっ、また来やがった!」

「うわぁ!」

 

 グリッチが飛び退き、隅の機材棚に身を隠す。

 だがその体勢でも、彼の指は止まらない。後方の扉ロックを解除しようと端末を操作し続ける。


 「グリッチ、下がってろ。こいつは――俺たちが」


 渋い低音が響いた。

 ヘッドライトがその巨体をゆっくりと起こし、手首を鳴らす。


 スーツの上着を脱ぎ捨て、肩を回すと、まるで装甲車が動き出したかのような重さが空間に宿る。


 シルエットの目がわずかに揺れていた。

 「一度、出会ってる」──その記憶が背中を冷やす。


 包帯の奥、皮膚の間に見えた断片的な識別番号。

 そして、呻き声の合間に、かすかに聞こえた旋律。


 クラシックだ。断片的な、ベートーヴェンのソナタ第8番《悲愴》。

 壊れたオルゴールのような唸り声で、それは漏れていた。


 「……やっぱり……お前、スコアなのか」


 


 その名を呼んだ瞬間、グールの動きが止まった。

 一瞬だけ、空気が沈黙する。

 だが、それは迷いではない。ただ、反射的な“認識”だった。


 


 「来るぞッ!」


 シルエットが叫んだ瞬間、グールが床を蹴った。


 コンクリートが砕け、次の瞬間にはシルエットの目の前にその爪があった。



 「……っは!」


 その動きに反応するように、シルエットは懐から“ラムネボム”を取り出し、瞬時に起爆。


 白煙と強烈な炭酸閃光がグールの動きを一瞬止める。


 


 「今だ、ヘッド!」


 シルエットの叫びに応じ、ヘッドライトが走り出す。

 重い一撃。鉄拳がグールの側頭部に炸裂する。


 


 「効かねぇか……!」


 だが、倒れない。いや、体は揺れた。確かに揺れた。

 人間のようにバランスを崩し、ぐらついた。


 だがすぐに、バキバキと骨の鳴る音がして、グールの体が再び再構築される。

 まるで、“壊れ方を忘れた人形”のようだ。


 


 「どんだけ打たれても立ち上がるってのは、ちっとも詩的じゃねぇな」


 ヘッドライトが鼻を鳴らした。


 「グリッチ、まだか?」


 「もう少し……でも、この中、明らかに誰かがデータ書き換えてる……ログが妙に欠落してるんだ……!」


 「先に倒した方が早いな」


 シルエットは無言で床を蹴った。

 その手には“ラムネボム”の改良型──拡散破砕弾。


 狙いは包帯の隙間、左肩の露出した神経組織。


 


 「……目を覚ませ、スコア」


 投擲。

 炸裂。


 白い破片が飛び散り、爆風が通路の埃を巻き上げた。


 グールの体が再び揺れる。

 だが今度は、それだけじゃなかった。


 


 呻くような声が、低く漏れた。


 旋律。

 ベートーヴェンの《月光》、第二楽章。


 


 それは、スコアがかつて任務の前にいつも口ずさんでいた曲だった。


 


 「おい……」


 シルエットの瞳にわずかな動揺が走る。


 


 「やめろ……そんな風に、残すなよ」


 


 その隙を突いて、グールが再び飛びかかってくる。


 応じるのは、ヘッドライトの一撃。

 そしてシルエットの、渾身の投擲。


 


 駄菓子の袋が弾ける音と、白煙の中、赤い目がゆっくりと消えていった。


 


 ようやく、倒れた。


 


 グール──スコアは、動かなくなった。


 


 その肉体は、再生しかけた状態で凍りついている。

 生きてはいない。けれど、死にきってもいないようだった。


 


 「これが、ラプスの末路か……」


 ヘッドライトが静かに呟く。


 


 「……こんな形で、再会したくなかったな」


 シルエットの声が低く沈んでいた。


 


 グリッチが端末の解析を終え、ようやくこちらに合流してくる。


 


 「この研究所、ヤバいよ。こいつ……“被検体スコア”って名前で登録されてた。しかも、投薬履歴、最終ログが三年前。……行方不明になった時期と一致する」


 


 「ってことは、やっぱり……スコアは、ずっとここに」


 


 「……ああ」


 シルエットが、黙ってうなずいた。


 


 「ベヒモス……絶対に、許さねぇ」


 


 その名を呟いた時、遠くの通路の奥に、かすかに何かの気配が揺れた。


 まだ終わってはいない。

 だが、スコアへの弔いは、今──ここに刻まれた。


 


 誰にも知られず消えた命に、赦しは訪れるだろうか。

 それでも、彼らは前へ進むしかなかった。

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