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駄菓子屋まるふくより  作者: ゆめのあと
3章 決戦!地下研究所!編
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26話 Symphony No.5


 

 金属の床をひっかく、不快な擦過音。

 それは階段の下から、這い上がってくるように響いた。


 「来る……!」


 シルエットがすかさず構える。

 駄菓子袋に偽装された武器の封を歯で引きちぎる。


 「敵はひとり。でも──ただの人間じゃない」


 グリッチの通信がノイズ交じりに飛び込む。


 「心拍、ない。反応はあるけど……“生きてない”何かが、そっちへ向かってる!」


 「下がって、私が先に──」


 ヴァンプが一歩前に出ようとした瞬間、スコアが手を伸ばし、そっと彼女の肩を押さえた。


 「だめだ。君たちはここまで。僕の役目だ」

 「ふざけんな……仲間を置いて、逃げられるかよ」


 シルエットが噛みつくように言った。


 「駄菓子屋だからって、甘く見んな。こちとら賞味期限ギリギリで命張ってんだ」


 「私だって……こんな風に終わりたくない。終わらせたくない!」


 ヴァンプの目に、悔しさが滲む。

 それでも、スコアの表情は変わらない。

 彼の目は、どこまでも静かで、澄んでいた。


 「だからこそ……僕が、ここで止める」


 重い音が響く。

 姿を現した“それ”は、明らかに人ではなかった。


 長い腕。肥大した筋肉。管を這う薬液。

 顔は壊れかけた人形のようで、どこかに“子ども”の面影すら残っていた。


 「……試作品だ。完成される前に、壊しておかないと」


 スコアはイヤホンを抜いた。

 クラシックの旋律が途切れた瞬間、彼の瞳の色が変わったように見えた。


 「今のうちに。逃げて、ヘッドライトに伝えてくれ。……ここは“人間の限界”を超えた場所だって」


 「……クソが」


 シルエットが低く唸った。


 「……命令されても、逃げるのは性に合わねぇんだがな」

 「先生、よく聞いて」


 ヴァンプが震える唇を抑えて言った。


 「もし、あんたが死んだら……私は、あんたの教え子だった子に何て言えばいいのよ」


 スコアは、ほんの一瞬だけ笑った。


 「その子には、“音楽は、いつでも戻ってこれる場所だ”って……伝えてくれ」


 敵が動いた。


 シルエットが咄嗟に発砲したが弾かれる。

 ヴァンプの“心身掌握の気配”も通じない。そいつは、もはや感情のない“実験体”だった。


 そして──


 スコアが一歩、前に出た。


 「退けッ!」


 叫ぶと同時に得体の知れない何かは突進してくる。


 強化された反射神経、計算された動き、そして長年の訓練による“迎撃”。


 それでも──足りなかった。


 ヴァンプが悲鳴を上げる。

 シルエットが拳を振り上げる。


 けれどその瞬間──スコアは、ふたりの前に身を投げ出した。


 轟音。


 壁が割れ、床が裂ける。

 血が滲む音だけが、静かに残った。


 「──逃げて、お願いだから」


 息が漏れる。

 その声が、優しかった。


 「君たちは、生きてくれ。……君たちは、まだ、人間でいられる」


 照明が全て落ちた。


 非常灯の赤だけが、かすかにスコアの背中を照らしていた。


 彼は、もう振り返らなかった。


 「ッ……チクショウ!!」


 シルエットが呻きながら、ヴァンプの手を掴んだ。

 振り向くその瞬間、スコアがこちらを見たような気がした。


 ──その後、彼の姿を見た者はいなかった。


 命令の夜は、静かに幕を閉じた。

 だがその夜が、のちに生まれる“グール”の影を孕んでいたことを──

 誰も、まだ知らなかった。

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