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駄菓子屋まるふくより  作者: ゆめのあと
3章 決戦!地下研究所!編
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25話 Ein Heldenleben

静かな夜だった。


 港区・芝浦の倉庫街。

 月のない空の下、黒いバンがエンジン音を立てずに停まった。


 「――指令だ。施設内に“試作型能力者”が搬入されたって情報が入った。確認と破壊、優先目標は生存者の保護だ」


 通信機越しに、ヘッドライトの低い声が響いた。


 「今回はお前ら四人。ノクターン、スコア、ヴァンプ、シルエット……お前らにしか任せられねぇ」


 「じゃあ、出番ってわけだね」


 シルエットは飴玉の包みを指で弾いた。

 表情は飄々としているが、内心はすでに戦闘モードだ。


 「いつも通り“駄菓子屋価格”で片付けてやるよ」


 「対象施設、構造は三階建ての研究棟。警備は最小限。だが内部は不明瞭」


 グリッチの資料によると、建物はとある企業の名義で登録されていた。名前は──《日向バイオテック》。聞いたこともない小規模研究所。


 「それじゃ、僕はサポートを。……現地の通信環境、あまり良くないけど、耳だけは開いてるからね」


 そう言って通信を切ったのは、当時まだ新米だったグリッチだった。

 

 「じゃ、行く?」


 ヴァンプがハイヒール鳴らす。

 例え潜入作戦であったとしてもドレスコードは守るようだ。


 「冷たい研究所より、熱いクラブの方が好みだけど……ま、壊し甲斐はありそうね」


 


 「……暴力は、抑えがきくなら、それに越したことはない」


 静かに言ったのは、スコアだった。

 黒い戦闘服の上に、イヤホンを差したまま、彼はクラシックを流していた。


 「ドビュッシー。君たちがうるさいから、せめて耳だけでも整えたくてね」


 「相変わらず、風流な奴だな」


 ノクターンが笑った。

 この頃の彼はまだ視力を失っておらず、顔にサングラスもなかった。


 「でも、戦場に音楽は不釣り合いだぜ、スコア」


 「違うさ。音楽は、戦場の中で“人間であること”を思い出させてくれる。

 僕はそれを捨てたくないだけだ」


 青く長い髪の隙間からイヤホンが覗く。

 

 4人は静かに敷地へ入り、フェンスを乗り越える。

 夜風が乾いていた。



 「監視カメラ、潰した」


 ノクターンが囁く。

 照準を合わせるでもなく、壁際の監視機器を消音で撃ち抜いた。流れるような動作。


 「入るよ」


 スコアが扉を開け、まず先に入る。

 彼は支援担当だが、進行の中では“盾”の役割も担っていた。


 「室内、電源が落ちてる……発電機の音が、しない」


 シルエットがぼそりと漏らす。


 「不自然に静かね。……まさか」


 ヴァンプの鼻がひくつく。


 「……硝煙と怒り?それに喜び。あと、“策略”の匂い。これは、罠……?」


 「足元、注意しろ」


 スコアが警告する。


 「ガラス片。誰かが、争った跡だ。


 やがて彼らは、研究棟の中でも特に厳重に封鎖された扉の前に立つ。


 「……ここが、核心部だろうな」


 ノクターンが囁く。


「ねえ気をつけたほうがいい。何か嫌な匂いがするの」

「へいへい、鍵を破る。準備いいか?」

 「いつでも」


 シルエットが頷き、ポケットから“ドロップ缶”を取り出す。

 その中には“閃光糖”。爆音と閃光を放つ駄菓子偽装の閃光弾だ。


 カチリ、と鍵が外れた瞬間、スコアが突入する。


 ──そして、その瞬間。


 四人は、地獄を見た。


 バイオタンクの中に浮かぶ、無数の子供の死体。

 肉体を捻じ曲げられた大人の亡骸。

 白衣の人間が、床に血を流して倒れている。



 その中央で、ひときわ大きなカプセルが破損していた。

 そこから逃げた何かが、床に爪痕を残している。


 「これ……」


 ヴァンプが息を呑む。


 「人間を──薬で、作り変えようとしてた……?」


 スコアの顔が、初めて蒼白になる。


 「これ以上、こんなことを……止めないと……」


 ノクターンが通信を開く。


 「ヘッドライト。現地、地獄絵図だ。資料持ち帰りは可能。だが“標本”が消えてる」


 その時だった。


 後方の廊下から、何かが迫る音がした。


 金属を這う爪の音。


 床を叩く異音。


 そして──断片的に聞こえてくる、クラシックの旋律。


 スコアが、一歩前へ出る。


 「君たちは、先に戻ってくれ」


 「おい、スコア──!」


 「僕なら、守れるよ。こういう時のために、ここにいるんだろ?」


 静かに、彼は言った。


 「生きて帰れ。それが、最低限の美学だ」



 ──光が砕けた。


 


 

 

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