24話 潜入、謎の地下研究所
地下へと続く鉄扉が、静かに開いた。
錆びた蝶番が悲鳴を上げ、港区の裏路地にこだまする。
「……開いたよ。音は少ないけど、こっちの警戒はバレバレだね」
ノートPCを肩に抱えたグリッチが、苦い顔をする。
パソコン修理店「まもるくん」店長の仮面を外し、今はCAINの技術支援担当だ。
「セキュリティは旧式。ログは……ごっそり削除されてる。
何を隠したいのか、わかりやす過ぎて怖いね」
「地上で売れねぇもんは、地下に並べる。それがクズの商売さ」
シルエットが肩をすくめる。
エプロンを着たまま、靴底で飴玉の包みを潰すように踏みしめた。
「誰も迎えに来ねぇってんなら……こっちから拾いに行くさ、上に応援を頼んでも連絡がつかねえ。なら今は俺たちでやるしかないさ」
ヘッドライトが呟いた。
その無造作な髪の下、鋭く光る瞳が真っ直ぐに闇を見据えていた。
地下通路は、コンクリートと薬品の臭いに満ちていた。
割れた蛍光灯が不規則に瞬き、奥から“それ”がやってくる。
「っ……来たね。反応ひとつ。しかも人間の熱量じゃない」
グリッチがノートPCを閉じる。
背筋が自然と硬くなる。彼が“見たことのある数値”だったからだ。
「……まさか、またアイツが……」
“それ”は包帯のような布で身を覆い、赤い目だけが獣のように光っていた。
足音もなく、けれど確かに“気配”が迫っている。
そして、聞こえた。
──クラシックの旋律。
断片的に、ノイズ混じりに。
「……スコア」
シルエットが、静かに名前を呟いた。
飴玉を噛み砕き、エプロンの中から“ポップキャンディ”を模した筒を引き抜く。
「駄菓子屋には、オマケがつきもんだ」
その“飴”の頭をひねると、小さな火花とともに筒が射出された。
中から飛び出したのは、スモーク弾──コーラ味の匂い付き。
スコア=グールが突っ込んできた瞬間、その煙に包まれ、一瞬だけ動きを鈍らせる。
「次──こっちが本命だ」
シルエットは、今度は“チューブ入りソフトキャンディ”(ひ◯Q)を模した管を引きちぎった。
そこから伸びたワイヤーを展開する。
超微電流を帯びた拘束具だ。
煙の中から飛び出してきたグールの腕にワイヤーが巻きつき、一瞬だけ動きを止めた。
「動きが読める……あの頃と変わらねぇ」
シルエットが叫ぶ。
「てめぇ……覚えてんだろ。俺らと、おまえが、並んで立ってたあの任務を!」
「僕……その名前、データに残ってるね。
“スコア”。CAIN戦術班。3年前、消息不明。……まさか、本当に」
グリッチが唇を噛む。
「応答はねぇ。だが、体が動く」
ヘッドライトが唸るように言った。
「命令に従うだけの肉体が、まだ誰かを覚えてる……地獄だな」
その言葉に、グールが咆哮した。
歪な口元が裂けるように開き、衝撃波のような音圧が空間を震わせる。
「くっ……精神混濁波……来るよ!」
グリッチが耳を塞ぎ、床に伏せる。
「だから言ったろ、“オマケ付き”ってな」
シルエットが“ミニ駄菓子セット”を投げる。
その中には、最後の一手──“粉末ジュース型フラッシュ弾”。
白い光が弾け、グールの目が焼かれたように揺れる。
「動き止まった! 今だよ、ヘッドライト!」
「……よし」
ヘッドライトの拳がうなりを上げてグールを床に叩きつける。
だが──
「止まらねぇ……!」
グールの肉体が軋みながら再起動する。
血でも汗でもなく、体液に近い液体が管から滴る。
「やっぱり……“奴ら”の手に落ちてたか」
シルエットが低く呟く。
目の前の化け物が、かつての仲間。
それを打ち砕く覚悟を、この戦いが今、問いかけている。
──そして、シルエットの脳裏に甦る、“あの任務の夜”。
命令、潜入、失踪。そして──スコアの最後。
記憶の中、未だ言葉を交わせぬ仲間が微笑む。




