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駄菓子屋まるふくより  作者: ゆめのあと
第2章 襲撃〜地下闘技場編
22/29

22話 女狐

 リングの下で交わされる拳の音。

 歓声、肉が裂ける音、血の匂い。

 その全てを天井裏の薄暗い通路で、ヴァンプは嗅ぎ分けていた。


 ヘッドライトと黒糖が“獣の檻”に入った今が──こっちの“狩り”の時間。


 銀座で身に着けたハイヒールは、今はラバーソールのブーツに。髪はひとつに結び、ボディスーツに身を包んだ彼女は、獣のように静かに施設の奥へと潜っていた。


 この地下闘技場の構造は、グリッチから受け取った図面と一致している。

 だが図面にはない“ノイズの集中区画”──それがヴァンプの狙いだった。


 モニタールーム。中央制御区画。データはすべて“そこ”で集約される。


 赤外線センサー、体温感知の網、レーザー式のトリップワイヤー。

 それらを、嗅覚で回避していく。

 

 ヴァンプの持つ超嗅覚は、わずかな金属の焼けた匂いや空調の温度差すらも探知できる。


 五感の中で最も原始的で、最も鋭敏な“嗅覚”──それが彼女の武器だ。



 数分後──


 たどり着いたのは、薄暗い中央監視室。

 外から見るとただの倉庫。だがドアのロックは最新式の生体認証だった。


 「さて、どうやって“開けてもらおうか”……」


 ヴァンプは静かにツールを取り出す。

 薄く微笑みながら呟いた。


 「グリッチ、あんたの玩具の出番よ」


 ドアロックにハック用の小型端末を装着。

 赤い点滅が緑に変わった瞬間、スッとドアが開いた。


 中に広がっていたのは、冷たい光を放つモニターの壁。


 中央には操作端末、背後のラックにはデータ保管用ドライブ。そして、部屋の奥──まるで“冷蔵ロッカー”のような中に冷却カプセルがいくつも並んでいた。


 「……お宝の匂いがプンプンするわね」


 端末を起動し、データベースにアクセスする。

 項目名をランダムにスクロールしながら、彼女の目が止まった。


 《開発主任:ベヒモス / 元・国立特別医科学研究機関 / 認可剥奪済》


 「……ベヒモス? 聞いたことのないコードネーム。でも──国立ってことは、もともと“上の人間”ってわけね」


 そのデータの中には、試験薬ラプスの投与ログ、能力者適合率の記録、そして──暴走後の“破棄”ログが複数存在していた。


 「この名前……どこかで──ああ、ユウナがいた実験記録の番号と一致してる。つまりあの子も、このベヒモスの“作品”ってわけね。」


 ヴァンプはログの一部をポータブル端末へ転送。

 さらに奥のロッカーへと目を向けた。


 「で、ここには“モノ”があるのよね」


 冷蔵庫を開ける。

 中には複数の小型試験管──名前のないコードが並んだラベル。


 そのひとつだけに、手書きのタグがぶら下がっていた。


 《R-03 - 第二次投与型 / 被験者:戸田》


 「あなた、さっきシルエットが倒した子……ね」


 そっとその試料をポーチに収める。


 このDNAサンプルがあれば……あの医者、パッチワークなら“毒”の構造を割れるかもしれない。


 「ごめんなさいね、“観察者”さん。ちょっとだけ、お借りするわよ」


 部屋を出る直前、ヴァンプは振り返って一度だけモニターを見た。


 そこには、すでに試合を終えて控室へ戻るふたりの仲間──ヘッドライトとシルエットの姿が映っていた。


 「次にカードを出すのは……私たち、ってことね」


 ドアを閉め、気配を消す。


 地下の深淵で──誰にも知られず、

 狩人は“牙”を持ち帰った。

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