表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駄菓子屋まるふくより  作者: ゆめのあと
第2章 襲撃〜地下闘技場編
21/44

20話 鉄拳!タクシードライバー!

観客席からの歓声が、リングの床を震わせていた。


 金網の内側──その中央に、二人の男が対峙していた。

 一人は無言で構える中年男。

 もう一人は“B-22”と呼ばれた若いファイター。筋骨隆々、だが瞳は虚ろ。口元には薄く笑みを浮かべている。


 CAINの“ヘッドライト”は、黙って足をずらした。

 コンクリートの床の硬さを、靴底から感じ取る。


 汗の臭い……血の染み……これは戦場だ。


 今、自分がここに立っている意味。

 ただ情報を得るため? 地下組織の真相を暴くため?



 ──違う。たぶん、自分はこの熱を、求めていた。

 


 「──始め!」


 アナウンスと共に電子音が鳴る。

 次の瞬間、B-22が突っ込んできた。


 速い。

 拳の軌道は、アマチュアのものじゃない。

 けれど──


 ……軽いな。


 矢代は体をずらし、拳を肩先で受け流す。

 ガードを割るだけの力はない。だが、速度と筋力のバランスが異常だ。


 筋肉だけを“植え付けた”ような動きだ。反射も人間の域を超えてる。


 薬か。ラプスの類か。

 それでも──彼の心は、不思議なほど澄んでいた。


 


 ──ゴッ。


 拳を交えた瞬間、関節が軋む。

 骨の奥が、ジリジリと火を吹いた。

 

 …重い。


 拳がぶつかった瞬間、関節に鈍い痛みが走った。

 ガードの下から噴き上がる熱。骨の奥が、ジリジリと火を吹いているようだ。


 ──昔なら、一発で仕留められた。


 だが今は違う。膝に違和感、腰のキレも足りない。

 息が、思ったより早く上がる。


 ……年だな。


 苦笑が、喉の奥で湧いた。

 だが──なぜか、顔が笑っていた。


 「……ああ、クソ……懐かしいな……」


 足元に染みついた汗と血の匂い。

 頭の中に、あの戦場の熱が蘇る。


 誰かを守るためじゃない。国家のためでもない。ただ、戦う。


 ただ──拳で“理解り合う(わかりあう)”。


 体はガタが来てる。スタミナも怪しい。

 だけど心は……たまらなく、昂っていた。


「あの頃のままだ……リングの中にいる限り、俺は生きてる」


 “ガン”と肩に鈍痛。

 相手の拳を受けてよろめいたが、笑みは消えない。


 この痛みが……最高だ。


 もう引き返せない。

 老いた体を説得して、足を前に出す。


 ──戦場に還る。

 その一歩一歩が、燃えるように熱かった。


 「……ハッ」


 思わず笑っていた。


 拳の重み。皮膚を裂く感覚。相手の体温。

 あの戦場を思い出す。

 手に持っていた銃の代わりに、今はこの拳がある。


 老いぼれの身体に、まだ火は残ってるか──試してみようじゃねぇか。


 心臓が、強く脈打つ。

 肩が悲鳴を上げる。

 だが、熱い。熱くて、たまらなかった。


「体はガタついても、魂はリングの真ん中に立ってる」


 “戦う”という意味が、ただそれだけで彼を奮い立たせていた。


 B-22の拳が顔を掠める。

 寸前で回避するが、かすっただけで顔の皮膚が裂ける。


 「……っ、くそ、バケモンめ」


 痛みも、恐怖も、燃料になる。

 左肘で敵の顎をかすめ、すかさずローキック。

 続けざまに肩へと掌底──だが、B-22は崩れない。


「効いてねぇ……いや、効いてるはずなのに、“止まらない”」


 無理やり意識をつなぎ止めているのか。

 それとも、痛覚そのものが抑制されているのか。


 歯を食いしばり、ヘッドライトはステップを踏む。


 ガードの隙間を、的確に狙う。

 右ストレート。膝。足払い──


 それでも倒れない。


 「だったら──こっちも意地だ!」


 矢代はリングの隅へ向かい、強引に背を取った。

 体を締めるように回し、肩ごと引き倒す。


 ガンッ!


 B-22の後頭部が床に叩きつけられた。


 ようやく、敵の動きが止まる。


 「勝者──《Z-79》!」


 場内にアナウンスが響く。


 だが、矢代はしばらく動けなかった。

 自身の心臓の鼓動が、耳の奥でうるさく鳴っている。


 ……戦ってる、まだ俺は。これが最後の戦いになるかもしれねぇが、身体が、血が……笑ってるやがる。


 


 リングを降りる通路。

 戻ってくるその背中は、重く、でも誇らしかった。


 闘技場の最上段──観察室から、その姿を誰かが見ていた。顔は見えない。だが、明らかに“選別”の眼差しだった。


 選ばれたのか。試されたのか。


 いずれにせよ、闘いはまだ続く。

 この拳が、誰かを守るためにある限り。


 ──老いてなお、魂は火を灯す。

 たとえこの街が闇に沈もうとも、彼の拳は──まだ、折れていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ