18話 作戦会議/影と影
「……じゃあ、俺が先にリングに上がる」
控えめな光を放つ作戦室。
その中で、コードネーム:ヘッドライトが、低く短く告げた。
「向こうが一般人を好むなら、俺みたいな中年が出れば目立たず済む。勝ち抜けば興味を持たれる。“上”と繋がるチャンスができるかもしれねぇ」
「筋肉量的に、戦闘力はトップですしね……」
グリッチが肩をすくめた。
「おっさんが主役になる日も、たまにはあっていいよかもね。戦うジジイってのは、映画じゃ人気あるし」
「ジジイじゃねえ」
「ハイハイ、“40代のミドルイケおじ”ね」
そのやりとりに、場が少しだけ和んだ。
だが、シルエットの表情は変わらない。
「……その次は俺が行く。
できれば、観戦エリアに上がれる手段も欲しい。グリッチ、外部との中継はどこまでいける?」
「現地の通信網は割れてるんだよね。地下では電波制御がかけられてるけど、ルートを一本確保してみたね。会場の監視カメラと繋いで、僕のほうで“観察者”の動きは監視できるはずだね」
「よし。準備が整ったら即行動だ」
ヴァンプは腕を組みながら、ふと問いかけた。
「……ノクターンには、連絡しておく?」
シルエットが小さく首を振る。
「いや。今は──信じられない」
──
彼らが作戦を立てるその日の夜。
とある高層ビルの最上階。
都市の明かりがガラスに滲んでいる。
静かな音楽が流れる応接室に、その男は立っていた。
ノクターン。
盲目のスナイパー。
ピアノ調律師の顔を持つ彼は、いま、黒いスーツで立っている。
「……約束の時間、ですね」
部屋の奥から現れたのは、丸太のような腕を持つ異様な巨体の男。
顔は見えない。だが、存在感が常軌を逸している。
「報告書は確かに。地下構造、CAINの動き、ユウナの覚醒の兆候……」
低く響く声。
「おまえの“忠誠”は信用に値する。では──報酬を与えよう」
次の瞬間。
男が差し出した注射器が、ノクターンの手に渡る。
「これは……?」
「試作版《視覚再生セラム》。ラプスを流用して作ったものだ。長くは持たん。だが、おまえの求めていた“光”だ」
ノクターンはしばし沈黙した。
袖をまくり、ベルトを外し、注射器を使用する。
それから、ゆっくりとサングラスを外す。
白濁していた瞳に、静かに涙が浮かんだ。
「……こんなにも、眩しかったとは」
巨人の男は何も言わなかった。ただ、背後の壁に消えていく。
「約束は果たした。次はお前の番だ」
その瞬間。
ノクターンの表情からは、感情がすっと消えていた。
「……CAINの動きは予定通り“穴”に導かれる。
私の任務は、ここからが本番だ」
見開かれたその瞳には、微かな光と──深い暗闇が、共に映っていた。




